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第10話

「んぅっ…」 長い口付けと同時に擽るように顎の下を撫でられ、リヴァーダから鼻にかかったような甘やかな声が漏れる。 まだラット状態であるルドゥロは、その声を耳にして気が高まったように息も荒くリヴァーダの頬、顎、鎖骨と唇を落としていく。 そのくすぐったい刺激に、まるで母犬のミルクを探す子犬のようだとリヴァーダは密かに笑った。 仰向けになったリヴァーダにのしかかっていたルドゥロがのっそりと上体をおこす。 はーッはーッと興奮を抑えるように荒い息を吐きながらルドゥロは低く相手の名前を呼んだ。 「リヴァーダ」 「ん?なあに」 「…いいか」 「ここまできて聞く?んふ、どうせ止まれないくせに」 「リヴァーダ!」 勢いのまま飛びかかってこようとするルドゥロの目の前に、リヴァーダはピシッと五指を揃えた片手を突きつける。 「でもまだ『待て』だぜ。さすがの俺も準備してないからな」 「リヴァーダ…ッ」 先ほどまでと真逆の弱々しさでルドゥロは呟く。 ラット状態のルドゥロは目の前のΩを愛したい、噛みつきたいという欲求がとっくに限界を迎えていた。 ガチガチと金属がぶつかり合うような音を立てて何度も何度も空気を噛み歯を鳴らす。 理性のある状態であれば、抱かれる側であるリヴァーダに準備が必要なことは理解できようが、あいにくとっくにそんなもの失ってしまった。 犬歯は剥き出し、口の端からヨダレをたらす、まさに狂犬状態のルドゥロに「いい子にしてろよ」と言いおいて、さっさとリヴァーダは選手用浴室へと向かった。 **** リヴァーダが部屋に戻った時、ルドゥロは抱きしめた枕にガジガジと噛みついていた。 本能丸出しのその姿に、リヴァーダの背筋にゾクゾクと痺れが走る。このαに支配されたいという欲がムクムクと顔を出す。生唾を喉を鳴らして飲み込み、やっとのことでルドゥロに声をかけた。 「お待たせ、子猫ちゃん」 ギシリと音を立ててベッドに乗りあげると、すかさずルドゥロが襲いかかってくる。 リヴァーダはズボンしか履いておらず、その剥き出しの肩にルドゥロががぶりと噛みつく。 「んあっ…ッ……いってぇ、お前本気で噛んだろ…」 「リヴァーダ、リヴァーダッ」 「ん…」 「……愛してる。君を…俺に」 「ッ…!…そこで正気になるのはずるいってぇ…」 ぐっと顔を近づけ耳元で囁かれたハッキリとした愛の言葉。 リヴァーダの顔はあっという間に朱に染まり、目を潤ませながら縋るようにルドゥロの逞しい体に抱きついた。 「あっ…あっ、んうっ…」 「ふーっ…ふーっ」 律動に合わせて甘やかに漏れる声。初めは石造りの居室に響く自分の喘ぎ声を嫌がって口を結んで我慢していたリヴァーダだが、長い前戯がおわってすっかりつながってしまってからは声を出した方が楽だと思ったらしい。突き上げられるたびに開きっぱなしの口から零れるそれはギリギリで理性を保っているルドゥロをさらにあおった。 後背位でつながっているためルドゥロからは硬質なチョーカーに覆われた項がよく見える。つい先ほど目に映したあの真っ白で滑らかな肌。そこに自らの突き立てることを想像すれば、温かな肉壁に包まれたルドゥロのモノはぐんとその大きさを増した。 「あんぅッ…!なんでっきゅうにおっきく…」 舌ったらずなリヴァーダの抗議も今のルドゥロにとっては興奮材料にしかならない。 速さを増したルドゥロの動きに生命的恐怖を感じたリヴァーダはとっさに腰を引くことで逃れようとしたが、それを許さないルドゥロによって腹にぐるりと巻き付くように両腕を回されより深く引き摺り戻された。 切れ目ない快楽の波に必死に枕を握って耐えるリヴァーダ。しかしルドゥロのラットに誘発されてヒートを起こしかけているのか、枕に染みついたルドゥロの微かなフェロモンを鼻の奥まで吸い込み感じ取ってしまう。ドロリと後ろが粘度あるもので濡れたのが分かった。 「や…んやぁ…るどぅろ、」 「リヴァーダ…かみたい…かみ、たい」 「んっだめ、だってば、ぁ…!」 上体を前に倒しぐっとのしかかってくるルドゥロ。ナカに入っている角度が変わってリヴァーダは普段からは考えられないような高音をあげた。 次はどんな責めがくるのかと身構えたリヴァーダだったが、予想に反して背後の男は動かない。ぴたりとリヴァーダの背中に鍛え上げられた胸筋をくっつけたまま、やがてナカのものも馴染み心地良い温かさを伝えてくるだけになった。 後ろから途切れ途切れに自分の名前を呼ぶルドゥロの声に、やや泣きが混じっていることにリヴァーダは気付き困惑気味に彼の名を呼ぶ。 「ルドゥロ…?」 「リヴァーダ…リヴァーダ…」 「どうしたの?ここに、っいるじゃん」 リヴァーダの言葉の途中でルドゥロが彼の肩甲骨あたりに噛みついた。口を離したあとにはくっきりと丸く歯型がのこっている。 思わず一瞬息をつめたリヴァーダだったが相手を安心させるように、精いっぱい首を後ろにそらしてぐちゃぐちゃになった赤髪に擦り寄った。 「かみたい…おれの、ものにッ」 「ん…」 「わかってる、けど…かみたい!!」 耐えるようにチョーカーの項部分に額を擦り付けながらルドゥロが呻く。リヴァーダの背中にぽたぽたと温かい雫が落ちる。 ルドゥロがラットに入ったのは正真正銘今日この時が初めてだった。ラットとは生理的衝動、本能が抑えきれなくなる時期のこと。初めての感覚に加え、噛みたい、噛んでこの男を番にせねばという本能と、まだ噛んではいけないという理性と、チョーカーに阻まれる歯がゆさと拒否されたかのような絶望感と。そういった様々な感情がごちゃ混ぜになって煮込まれてドロドロになって…ルドゥロは混乱状態に陥ってしまっていた。 …リヴァーダはそんな男が愛おしくて愛おしくて死んでしまうとさえ思った。 観衆の前では強く勇ましく残虐な男。それでも自分の前だけでは自らの感情コントロールすらままならない可愛いルドゥロ。自分だけの、ルドゥロ。 リヴァーダもまた一種の狂人。支配欲や独占欲はそこらのαに負けないほど強かった。 「ルドゥロ、一旦抜いて?」 ルドゥロはいやいやと首を振ったが何度も重ねてリヴァーダが頼めばしぶしぶといった体で離れた。 リヴァーダは自由になった身体を仰向けにかえし、ぱっと両手両足を広げ大の字になってみせた。 あまりに色気のないそれに思わず目を瞬くルドゥロ。 「ルドゥロ、俺の全部はお前のモノ。お前の全部は俺のモノ。 でも今日このまま項を噛んでしまったらお互いいつか後悔すると思う。だから、今日は噛ませない」 「うぐ………」 「でもね、俺の体に傷をつける権利をお前にだけあげる。国で無敗を誇るリヴァーダ様を傷つける唯一の権利だぞ。だから項以外、どこだって噛んでいいよ。その代わり俺もお前に痕をつけさせてもらうけどな」 「リヴァーダ…」 ベッドにぺたりと座ったまま呆然とするルドゥロ。 リヴァーダは身体を起こして彼の元まで近づくと、広い肩に手をかけてルドゥロの両足をまたいだ。 そうして片手をルドゥロのモノに添えてゆっくりと自らの腰を下ろしていく。 「ッ…!リヴァーダッ」 「んッ…ふッ、んああッ」 「うっ…」 「はぁ…はぁ…、ほら、ルドゥロ…」 ルドゥロの体に見合って大きなそれをしっかり根元まで咥えこんだリヴァーダは、彼の肩から手を離して乱れた長髪をひとつにまとめるかのように両手で後ろへと梳く。 荒い息に上気した頬、汗で張り付いた黒髪、潤んで艶と深みを増した茶色い瞳。 視界が明瞭になりその全てを捉えたルドゥロはコク…と生唾をのんでキュウっと目を細めた 「…噛んで?」

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