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第13話
試合終わりのルドゥロの前に立ちふさがったのは随分と恰幅の良い紳士だった。筋肉らしいものは贅肉に隠れて見られないし、もう暑い時期だというのに黒い毛皮を着こんでいる。惜しげもなく鍛えられた肉体をさらしている今のルドゥロと正反対の男とも言えた。
「私はマルタ・サルロと申すものです。一応貴族でしてな、ご存じかもしれませんが、ははっ」
「そうでしたか。試合をご観戦で?」
「ええ。実は連れがぜひ貴方の試合を見たいとずっと言っていましてなあ」
毛の長い毛皮を見せつけるように両腕を広げてぺらぺらと話すマルタという男。剣を立て、彼に相槌を返すルドゥロ。
そこへたまたま通りかかった若い運営員は状況を把握して一瞬で青ざめた。
舞台裏であるここに明らかに観客である人物がいることもそうだが、なによりその人物が「試合後のルドゥロ」に嬉々として話しかけていることに。
試合後のルドゥロは大抵とても気が立っている、というのは有名な話だ。以前試合後に控室の椅子や机を破壊した前科もあることから、周囲から過剰なほど恐れられている。実のところは結局つまらない試合になったというイラつきが原因なのだが周囲は知るわけもなく、取り敢えず近づくべからず、が原則となっている。
だから特例としてわざわざ運営員が控室まで、試合後しばらくした後に、治療にやってくるのだ。
だというのに、おそらく貴賓扱いであろう裕福な見た目の客人が、試合後のルドゥロに、話しかけているではないか。
いつその剣が客人に襲い掛かるかと、顔色を真っ青通り越して真っ白にしかけていた若い運営員は、おそるおそるルドゥロの顔を伺い、はてと首を傾げた。
「俺の試合を見たいとは、嬉しいですね」
マルタに答えるルドゥロは、眩しいばかりの満面の笑みだったのだ。
立派な赤髪も大きな瞳も心持ちつやめきを増しているように見える。
早い話、最近稀に見る機嫌の良さだったわけだ。
思わず運営員は両目を擦った。
さぞ不機嫌さも露わな顔をしているだろうと思っていたのに、なんだこの笑みは。
何度見てもルドゥロはニコニコと、まるで幸せでたまらないとでもいうように笑っている。
運営員は先ほどまでとは違う理由の分からない恐怖に肌を粟立たせて、先輩を呼びに走った。
そんな事情はつゆ知らず。
2名の会話はとんとん拍子で進んでいく。
「年寄りの身で恥ずかしいことですが、あの子が可愛くて可愛くてなあ、何でも彼の願いを聞いてやりたくなるのですよ」
「それはそれは。よほど美しい方なのでしょうね」
「ええ、それはもう。私の自慢ですよ。…ああ、そうそう。まだ紹介していませんでしたね。こちらが連れでございます」
マルタが「ほれ」と背後を振り向いて『連れ』とよぶ人物に促す。
薄暗い通路で影になっていた、ほっそりと背の高い人物がゆうらりと前に出る。
ルドゥロの笑みが深まったが、自慢げに大きな腹を揺らすマルタは気付かない。
マルタの趣味なのか高級そうな黒に染められた薄手の上下にのぞくは艶美な褐色の肌。特徴的な隻眼に、服と合わせてあつらえたかのようにつややかな黒髪が男らしい爽やかさを生む。
ただ、所有物の証のつもりか何なのか、見覚えのあるそれとは違うぎらぎらと光る金のチョーカーだけが目障りだった。
「《《はじめまして》》、お会いできて光栄です。…リヴァーダと申します」
「ああ、《《はじめまして》》。ルドゥロだ」
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