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第2話
「……ん」
と、そこへ秀明の覚醒を兆す唸り声が微かに響いた。石田の中の絶望が、瞬時に理不尽とも言える怒りへと転化されてゆく。
「起きんかいっ」
額をはたかれ、驚いて目を開けた秀明は、まだ寝ぼけたままやわらかく笑った。
「ああ……おはよ」
「オハヨやあれへん、おのれっ…」
怒りのあまりに言葉に詰まる。体に響かないよう、最小限の動きで秀明の肩を掴んだ。
「おのれ何しよった!? どーゆーこっちゃ、この状況は!?」
必死の形相の石田を、秀明はきょとんと見上げている。もぞもぞとうつ伏せになって、床に無造作に置かれた煙草と灰皿を引き寄せて火をつけた。
「何って。覚えてないの?」
「お…覚えてへん。飲みすぎたんや、頭痛い」
「あらま、かわいそうに。頭痛薬あげようか」
秀明は起き上がり、そのついでのように石田を引き寄せ、当たり前のように口づける。
石田は一瞬言葉を失った。そしてベッドから出た、やはり全裸の秀明に赤面して掛け具をかぶった。
「な、何すんねん! 服着ぃや!!」
「何さー、今更恥ずかしがってんの? ゆうべ抱き合ったばかりの相手につれないなー」
「だっ……!?」
またもや絶句した石田に、ペットボトルの水と頭痛薬を渡して、秀明は再びベッドに潜り込んだ。床に手を伸ばし、煙草の灰を落とす。
「…俺、ほんまにお前と寝たんか…?」
呆然と問う石田に、秀明が片眉を上げる。
「ほんとに覚えてないんだ。…うん、やったよ、いっぱい」
石田の頭の中で、誰かが釣鐘を撞いた。
かつて、『やったよ、いっぱい』などという極めて単純なひらがなオンリーの言葉がこれほどの衝撃を持ったことがあっただろうか。
何がなんだかよくわからなくなったまま、石田は床を見やった。昨夜着ていた自分のシャツが脱ぎ捨てられている。
「あれ…シャツ、取って。俺立たれへんねん」
「ん? ほい」
ベッドに入ったまま秀明が、手を伸ばしてシャツを取ってくれた。長座してそれを羽織り、ぼんやりと沈み込む。その様子を、煙草をくわえた秀明が見つめる。
「ゴメン」
謝った秀明に視線を巡らせる。だが、言葉面通りの罪悪感がその顔には表れていなくて。
「初めてなのはわかったんだけどさ。なんかこう…妙に具合がよかったもんだから、やりすぎちゃったみたい。立てなくしちゃうなんてなー」
その後でハハ、なんて笑うものだから、石田の神経は一気に逆撫でられた。
「おっのれ……」
怒りに顔を赤くする。
「最低や! 俺とあんたは初対面で…しかもあんた、俺が酔うてんのわかってたんやろ!? わけわからんようになってる時につけ込んでそんなことするやなんて、ヒドイんちゃうんか!?」
瞼が支えきれなくなった涙がはたりと落ちる。秀明は憮然と眉を顰めた。
「うるさいなぁ、泣かないでよそんなことで。喚くから頭に響いてイライラするんだよ。もう、やっちゃったもんはしょーがないじゃん。それとも何、ロストバージンの相手が俺なのが不満?」
「なっ、何がバージンやっ! 男にんなもんあるかいっ!!」
「うるさいってば、俺だって酒残ってるし疲れてんだよ。だいたい全部俺のせい? あんただってちゃんと感じて善がってたじゃん」
秀明の言った意味が、すぐには理解できなかった。
「…うそや」
「ほんとだって。俺のテクなめてんの? イイかって訊いたらイイって答えたし。ちゃんと何回かイカせてあげたでしょ? …もー、何が不満なのさー。中出しが気に入らなかった?」
「なっ…中出しっ…!?」
「だってゴム持ち合わせがなかったしー。あ、まだ入ったままなんじゃないの? 気持ち悪いでしょ、出してあげよーか」
「いらんっ、触んな!」
「でも立てないんじゃ風呂にもトイレにも行けないでしょ。んじゃ抱いてったげるよ」
「さ、触んなて言うてるやろが!」
「…淳、熱出てるよ」
石田の首に触れた秀明が、初めて心配そうに瞳を曇らせた。それを見て石田も自分の額に手を当て、突然の眩暈を覚えて枕めがけて昏倒した。
「わ、淳!?」
名前を呼び捨てにすんな、と思うが声にならない。
(あぁもう、散々や……)
そんなことを考えながら、ほとんど意識を失うように眠りへ吸い込まれていった。
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