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第13話
翌朝、先に目が覚めたのは秀明だった。
耳元に石田の寝息を感じ、笑みが浮かぶ。ただし、肩に寄り添う頭に敷かれた左腕は完全に死んでいる。石田はその左腕を枕にして、秀明に抱きつく格好で眠っている。
今まで、こんな風に誰かと同じベッドで目を覚ます朝は幾度もあった。けれど、こんなあたたかい気持ちになれたことは、きっと一度もなかった。こんな朝を迎えることができるなんて、考えたこともなかった。
ぷふ、と石田が閉じられた唇の間から吐息をつく。それから眉をしかめてもぞもぞと身じろぎ、更に秀明に密着し、落ち着いたところで幸せそうなため息をついた。
よかった、と秀明は思った。
この瞼が上がったら、このあたたかな存在は、同じようにぬくもりを感じてくれるだろうか。幸せに綻んだ瞳で、微笑みかけてくれるだろうか。
…それとも。
(照れ隠しに、関西弁で喋り倒すかもな)
思いついて、そちらの方が石田らしいと噴き出しそうになる。
とりあえず目を覚ますまで寝顔でも眺めていようかと視線を巡らせた秀明は、ふと目に入った時計の針を見てギョッとした。
そういえばそんな悠長なことを言っている場合ではない、時計はもう九時を回っている。石田は秀明と違って昼行性だ。
「わ。淳、淳、朝だよ、仕事は!?」
「え、なになに」
急に揺り起こされて、寝ぼけた石田が目をこする。
「仕事! もう九時だよ」
「んぅ? …う~、今日は休み」
「え、そうなの?」
「んー。予定表、俺んとこバッテンあった」
「はあ、バッテン」
何のことだろうかと考えた結果、石田の職場には全員の出勤予定を書いた表があり、その表で今日の石田は出勤の必要なしという意味のバツ印がしてあったということだろうと推察した。亜弓が休みが不規則だと言っていた、その理由も知れる。
「ならいいや。ごめんな、起こして」
謝って死亡中の左腕をぷらぷらと振っていると、石田が今初めて覚醒したという顔で秀明を凝視した。
「……佐野。え!?」
一瞬蒼白し、ガバリと跳ね起きて、しっかり服を着込んでいることを確認し、今度は真っ赤になった。
「何もしてないよー」
秀明が寝転がったまま苦笑し、一人で信号になっている石田を見上げた。
「ごめん…俺」
「なにが?」
「ほんま、したなかったわけやないんやで」
「いいってば。俺がしないって言ったんだから」
そう、結局昨夜は、ただ二人で一緒に眠っただけだったのだ。
秀明は石田の言葉があんまり嬉しくて、それだけで満ち足りてしまった。だからといって本当にする気が失せたというわけではないのだが、これからいつでも一緒にいられるのだからということで、とりあえず今はいいかという気になってしまったのだった。
だが一方の石田は、もう一度枕に頭を落として、しきりに気にしている。
「けどなー、ああまで言ってせんかったら、なんか口だけみたいやんかー」
義理深い奴だな、と思って秀明はくすっと笑った。それならば、と肘をついて体を起こし、石田の上に覆いかぶさってみる。
「そんなにしたかった? じゃあ今からやろうか。ちょうど淳の仕事は休みだし、俺の出勤は夕方だし。時間はたっぷり」
「え!? マジで!? こんな明るいのに!?」
「関係ないよぅ」
耳の中に舌を差し入れると、爆発しそうな勢いで石田が顔を赤くする。
「ま、待った待った! やっぱあかん、今はあかんて!」
「なんでー。さっきいいって言ったじゃん。大丈夫だよ、壁薄いけど、そんな大声出させちゃうようなことはしないからさ」
「は!? 何言ってんねやオマエっ」
「ほら、おとなしくしてよ。それじゃエッチできない」
「せんでええーっ!!」
そうして、痺れから立ち直った二本の魔の手から逃げ回る石田の脳裏を、やっぱりちょっと早まったかな、などという思いがかすめるのだった。
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