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3章 休ませてやりたいな

 別に、機会がなかったわけじゃない。  若い頃は人並みに、出会いの場に足を運んだりもしていた。  特に大学生の頃は、ホームみたいなゲイバーがあって、毎晩通って毎晩ぐだぐだになるまで飲んでいた。  ストレスだったのだと思う。  大手企業に就職できて、友達や家族は祝ってくれたが、どうにも身分不相応な気がしていた。  ゲイバーでの人間関係は、年齢も職もなにも関係なく、常連はみんないい人で……いい人ゆえに、その関係を壊したくなかった。  もし、この輪から抜けなくてはいけない事態になったら、この不安な気持ちの行き場がなくなってしまう。  そう思うと、セックスの相手を漁るよりは、ぐだぐだバカな話をしながら飲んでいる方がよっぽど。  それに、オレには手の届かない、片思いの相手がいて――  それが、そのときの人生の最重要項目だった。  篠山とあんなことがあって、早くも2週間が過ぎた。  年末は、とかく忙しい。  物理的に日数が足りないのに加えて、クライアントは気軽な感じで『年内で』という呪いの言葉を口にする。  普段の3倍の業務量を抱えて、部署内の雰囲気も、若干ささくれ立っている。 「篠山、わりぃ、ちと来て」 「はい」  オレが手招きしながら呼ぶと、篠山は、感情ゼロみたいな返事をして、すすすと音もなくやってきた。 「ここ、先週の火曜だけやたらロス多いの、浜松工場に聞いてくれる?」 「はい」 「具体的に数値とったら、静岡支社の品質管理部に問い合わせて、結果報告して?」 「分かりました」  会話終了。  篠山は無言で頭を下げ、自分のデスクに戻る。  オレはもやもやしつつ、再びPCに向かい、マウスを握りしめた。  何を考えているのか、全っ然読めない。  さすがに疲れているのか、先週までは毎日出勤だったあゆむくんは、今週に入ってから1度も入っていない――毎日サイトをチェックしてる自分が悪趣味なのは、自覚しているが。  小さく頭を振り、画面を見据える。  スクロールとクリックを繰り返し、考えを追い払おうとする。  溜まった未読メールの返信をさばきながらチラリと目線を上げると、篠山は受話器を耳に当てながら、ペコペコしていた。  自社工場への電話ですらこれなのに、どうしてああいうときは―― 「安西さーん」 「ん?」  呼ばれて振り返ると、同期の女子社員の北川(きたがわ)が、マグカップを片手にニコニコしている。 「どした?」 「なんか怖い顔してる~と思って。煮詰まってるの? 手伝おっか?」 「いや、平気。1個篠山に振ったから」  北川はちらっと篠山を見てから、小首を傾げて笑った。 「あんまりコキ使ったらだめだよ?」 「大丈夫、絶望的なのは自分でやってるから」 「えー? でも最近安西さん、篠山くんに頼りすぎな気がする。すぐ『しのやまぁ~』って呼ぶし」 「え……?」  無意識か。無意識だった。  いや、普通に、周りから見て気になるくらいの量を振ってしまっているのだとしたら、ただの采配ミスだ。 「あー、篠山! さっきの静岡の件、やんなくていい!」  隅っこに向かって慌てて声をかけると、篠山は顔を上げ、目をぱちくりさせていた。  そして、もごもごと答える。 「あ……、原因、分かったので……」 「お? おう、そっか。仕事早ぇな」 「一応他の工場のデータもまとめて、安西さんのフォルダに入れておきます」 「ど、どもっす」  思わず、間抜けな返事が口からこぼれる。  北川はクスクス笑いながら言った。 「あの口数の少なさですぐ聞き取りできちゃうなんて、すごいよねえ」 「本題に関係ないこと一切言わないからねあいつ」 「あたしも困った時は頼っちゃおうかな~」 「は? 篠山に仕事振るなっつったのお前だろ」  オレが怪訝な目で見ると、北川はわざとらしく人差し指を立てて言った。 「違う違う。最近流行ってるじゃん。元カレを見返すために、地味な男の子に偽装カレシしてもらったらめっちゃイケメンみたいな漫画」 「何それ、知らね」 「篠山くん可愛い顔してるし、適役だと思うんたわけどなぁ」 「知るか。謎の妄想してないで仕事しろよ」  思わず眉間に皺を寄せると、北川は楽しそうに手をひらひらさせながら、「ほんとに手一杯だったら、こっち振ってね~」と言い捨てて去っていった。  取り残されたオレは、はーっと長いため息をついた。

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