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そうこうするうち、年内最後の金曜日を終えた。
土日を挟んで月曜日が仕事納め。長期休暇まで、あと一息だ。
軽く伸びをしながら、くるりとオフィスチェアを半回転させる。
篠山は空気を読むこともなく定時で帰っていったので、もういない。
……いや、多分デリヘルに出勤している。
エレベーターの中で公式サイトを見ると、案の定、待機中になっていた。
それは、本人の意思なのか?
めちゃくちゃ疲れているであろう体を引きずって、これからまた仕事?
契約上の取り決めなのか、はたまた、1週間お預けだった『大好きなセックス』を謳歌するつもりなのか。
「あー……馬鹿だ。オレは馬鹿野郎だ」
他人の私生活をあれこれ想像して勝手にもやもやする、意味不明の思考。
イライラのあまり、ドアが開くと同時に、無駄に開くボタンをガチャガチャと連打してしまった。
会社の最寄り駅の目黒から電車に乗り、ドア側に寄りかかって、はあっとため息をつく。
今年はクリスマスが土日に重なった。
金曜夜の街を歩く人々は、どことなく浮かれており、電車内の女性も、気合いが入っていそうなフルメイクの人が多い。
窓の外は、各々の店が好きにライトアップした、なんともちぐはぐな夜景だ。
そして、窓に反射する自分の顔は、めちゃくちゃ浮かない。
ぼんやりと2駅揺られ、電車が渋谷に着いたところで……なぜだか分からないが、オレは唐突に、電車を降りた。
去りゆく車両を、呆然と眺める。
「あれ? なんで降りた……?」
つぶやいて視線を上げると、ホームの向こうに、ラブホテルの看板が見えた。
サーッと血の気が引く。
後輩社員の性生活のことを考えすぎて、無意識にラブホがある駅に降りたっぽい。
やっぱり馬鹿野郎である。いや、疲れだと思いたいけど。
ホームの端に寄り、スマホのブラウザを開く。
表示しっぱなしだった予約ページを見ると、あゆむくんはまだ待機中。
なんとなく、『休ませてやりたいな』という気持ちが湧き上がった。
無茶な客に呼び出されてズタボロになったらどうしようなどと、お節介はなはだしい考えが頭をよぎる。
そして気づけば、電話番号をタップしていた。
『お電話ありがとうございます、スターライドです!』
「すいません、あゆむくんっていまからいけますか」
『はい、大丈夫です! お時間はお決まりですか?』
「朝までコース、場所はホテルでお願いします』
ハキハキとしゃべる店員にラブホテルの名前を伝え、電話を切る。
軽蔑されるかもしれない。
1週間仕事を振りまくってきた先輩が、さらに金を振りかざして、朝まで性サービスを要求してくるとか……。
それに、羽振りが良くなって弾けたと思われるのもいやだな。
うちの給料は、土日の前倒しで、きょうが振込日だ。
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