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朝日で目が覚めると、腕枕されていて、空いた片手は繋いでいた。
最後どうなったかは全く思い出せないが、腹も太もももカピカピなので、ふたりして寝落ちしたのだろう。
篠山はすうすうと寝息を立てていて、白い肌にはところどころに、赤い痕が散っている。
そっと体を離して見ると、自分はその倍くらい、ありとあらゆるところにキスマークがついていた。
全く覚えていない。
でも、ものすごく腰が痛い。
時間差で、足や腹筋の筋肉痛もきそうな感じがするし……。
「ん……」
篠山が小さく声を漏らして、ゆっくり目を開けた。
ぱちぱちと二度三度まばたきすると、ふんわりと笑う。
「おはようございます」
「ん、おはよ」
「夢みたい、です」
「お前、魔法使えるんだって?」
篠山は露骨にうろたえながら、縮こまる。
「……すみません。なんかあれですね、前に安西さん俺のこと、『セックスのときは饒舌 』って言ってましたけど、……あ、当たってるのかも」
「うん。めちゃくちゃペラペラしゃべってたな」
叫びすぎたか。喉が痛い。
ひとりであわあわする篠山が面白くて、つい、デコピンをしてしまった。
「いた……」
「あはは。すげー幸せ」
髪をわしゃわしゃと撫でると、篠山はくすぐったそうに笑いながら言った。
「俺、こういうのに憧れてたんです。こういう、好きな人とイチャイチャするの」
「同じく。朝起きて恋人と布団の中でじゃれ合うとかやってみたかったんだよなー」
「恋人……」
「え? そこで照れんの?」
起き上がると、案の定体中痛くて、思わず顔をしかめた。
篠山は大慌てでガバッと起き上がり、オレをベッドに座らせる。
「全部やります! ので! 言ってください!」
「えー、歯磨きたい」
「お姫様抱っこで洗面所までお連れします」
「要らねえって」
ゲラゲラ笑いながら下着だけ履いて、ふたりで洗面所に向かう。
篠山はしゃがみ込み、収納を開くと、上目遣いで尋ねてきた。
「固めですけど大丈夫ですか?」
手にしているのは、未開封の歯ブラシ。
「は? それってもしかして、来客用に買ってあんの……?」
「え!? こっ、これも家の教育方針ですっ。消耗品はスペア切らさないって……決して男性関係ではないです。というか、人を家に上げたのは安西さんがはじめてですので」
「あはは。篠山からかうのおもしれー」
「怒ってないですか……?」
「冗談冗談。ありがと。オレ、青が一番好きな色ね」
青い歯ブラシのパックを雑に開けながら、ニヤニヤしてしまう。
我ながら、恥ずかしいくらい浮かれている。
並んで歯を磨きながら、お互いキスマークだらけで鏡に映っているのを見ると……ようやく篠山と恋人同士になれたのだと、感慨深い気持ちになった。
朝食を済ませコーヒーを飲んでいると、篠山が神妙な面持ちで立ち上がった。
「すみません、ちょっと1本電話してきます」
玄関のそばに移動し、こちらに背を向けてスマホを取り出す。
盗み聞きは趣味じゃないが、1Kの部屋だから、どうやったって聞こえてしまう。
「――はい。なのですみませんが、きょうで辞めます」
電話の相手は、デリヘル店のお偉いさんだろう。
決断早いな。
しかし、相手はゴネているようで、なかなか話が終わらない。
「きょうは、ご予約入ってないですし……このまま契約切っていただいてかまわないです。……いや、別に理由とかは……」
なんだか雲行きが怪しい。
そばに行き、誰もいない空間に向かってペコペコする篠山のスマホに耳を近づけて、会話を聞く。
『日給上げるからさ~。ランクも上げるし、辞めるのもったいないよ。始めて3ヶ月でこんなバンバン指名入るんだから、将来は幹部候補だよ?』
ゲスっぽい男が、いやらしく笑っている。
篠山は説き伏せる方法を考えているようで、返事をしない。
『あゆむくん?』
「いえ……お金とかじゃないんで」
『いやいや。このご時世、お金は大事だよ。綺麗事抜きにさ。昼職の3倍は稼げると保証してあげる』
だんだん腹が立ってきた。
金じゃないって言ってるだろうが。
オレは篠山のスマホを奪い取り、自分でも驚くほど低い声で、うなるように言った。
「すんません彼氏ですけど。こんなバイト始めたなんて知らなくて、さっきボコボコに殴っちゃいました」
『は!?』
「歯も欠けたし目の上切って血が止まんないし、バリカンで坊主にさせました。ちなみに、いまもスタンガンで脅しながら電話させてます。辞めるまで殴るつもりなんで、死んだらそっちの責任だし、てか、もう使いものになんないと思うよ」
ブチッと、通話が切れた。
数秒の沈黙……ののち、篠山がクスクスと笑い出した。
「……すごい、もう二度と連絡来ない感じがします。ありがとうございます」
「あはは。ドン引きだっただろうな」
スマホを返すと、篠山はよどみない動きで画面を操作し、LINEの友達リストを次々消していった。
ブロックと削除を繰り返しながら、何を思っているのだろう。
最後に『スターライド』の電話番号を削除すると、顔を上げた篠山は、ほっとしたような表情だった。
「終わりました」
「よしよし。えらいよ」
「はい」
丸っこい目からぽろっと、涙がひと粒こぼれる。
「あ、あれ……? すみません、なんでだろ。全然、悲しいとかじゃなくて」
「泣きたいんだろ? 泣いてもいいよ」
「いや……、あれっ?」
ぼろぼろとこぼれる涙に、戸惑っているようだった。
涙を拭いながら、「なんで」「おかしいな」と繰り返す姿は、小さな子供のように見えた。
きっとこいつの人生には、人に心を開くことをあきらめてしまった瞬間があって、いまようやく、そこまで戻れたのではないか。
そんなことを思いながら、わしわしと髪を撫でた。
「お前さ、多分、傷ついてたんだよ。好きでやってたとしても、大事にしてくれない人たちに使われ続けて、傷つかないわけないじゃん」
「…………はい」
「大丈夫だよ。オレが幸せにしてやるから」
ぎゅうっと抱きしめると、篠山はオレの背中に腕を回し、しがみつくようにして泣いた。
「キスしていい?」
「ぅ……顔拭くんで待ってください」
「なに。そういうの込みで、好きってことじゃん」
親指の腹で軽く涙を拭ってやり、そのままふんわりと口づけた。
二度三度、軽いキスを繰り返す。
篠山が舌でつんつんとつついてきたので、うっすら開けると、あったかい舌がそろっと入ってきた。
意識がぼーっとして、されるがままになる。
篠山のリードで、舌を絡めたり、吸ったり……まあ、なんとエッチなキスでしょうね。
息を弾ませながら、太陽が高く上がるまで、そんな風にしていた。
その晩、スターライドの公式サイトから無事、『あゆむくん』は消えていた。
篠山歩夢は孤独ではなくなった。
これからは、迷っても立ち止まっても、ずっとオレがそばにいる。
手を取り合って、一歩ずつ一歩ずつ、前に進んで行こうな。
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