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 事前の下調べどおり、長い参道に沿って、土産物や食べ物を売る店が並んでいた。  浴衣姿の歩夢はなかなか画になる。  背丈があるし、スタイリング剤とは無縁の黒髪ボブが、純和風な雰囲気を醸し出している。  童顔なのも、あどけない感じがして可愛い。 「あっ、木刀売ってますよ」 「あはは。なにお前、修学旅行で木刀買っちゃうタイプだった?」 「いえ、うちの学校は禁止でしたね。しおりにわざわざ『木刀は買わないこと』って書いてあって」 「うちも禁止だった。けど、絶対買う奴いるんだよなあ」  くだらない会話をしながら、だらだらと見て回る。  せんべいやら団子やらのいい香りに誘われて、道の左右をふらふらとさまよう。  歩夢はニコニコしながらついてきて、ときおりちょんちょんと手をつついたり、袖を引っ張ってみたりして――手を繋ぎたいのを我慢しているのかと思うと、愛しい気持ちになった。  不意に、歩夢が足を止めた。  小物を売っている店のようで、タオルやらだるまやら、けっこう色々なジャンルのものが、所狭しと置いてある。 「あの……何か、お揃いのもの買いませんか」 「うん? いいけど、なんだろ。持ち歩くようなもんだと、会社で目立つかな」 「仕事では使わないけどプライベートでは使うみたいなものがいいです」  と言いながら歩夢が手に取ったのは、本革のキーリングだった。  スタイリッシュなデザインの刻印が入っていて、よく見ると、温泉マークらしい。  ヨーロッパブランドのロゴのようになっているところに、遊び心を感じる。 「それいいじゃん。普通にかっこいいのに、シャレが効いてて。面白い」 「何色にしますか? 4色ありますね」 「歩夢、選んで。オレも選ぶから、交換しよ」  いっせーのーせ、と言って、指をさした。  歩夢はキャメル。オレはレッド。 「赤……ですか? 意外です。暗めの色になるかなと思ってたので」 「赤は、経年変化で味が出てくるんだよ。10年くらい使うと、いい感じの渋みが出るんだって」  そして、小声で耳打ちをする。 「10年後、どんな色になってるか、楽しみだな」  その意味を察したらしい歩夢は、分かりやすく照れていた。  10年後も一緒にいたいし、その先もずっと、このリングがボロボロになっても一緒に。  会計をして店を出たあと、神社の境内の前でお互いに交換した。 「鍵貸して。つけてあげる」 「じゃあ、安西さんのもください」  キーリングではあるが、輪っか状のものを交換することに、ほんの少し意味を感じてしまう。  これはプロポーズの指輪の代わりになるだろうか? なんて、乙女チックなことを考えてしまったり。  つけ終えた鍵を渡すと、歩夢はうれしそうに「えへへ」と笑った。 「ありがとうございます。大事にします」 「じゃ、お参りして帰りますか」  階段を上がり、賽銭箱に小銭を投げ入れ、ガラガラと鈴を鳴らす。  二礼二拍手一礼。  歩夢の姿を盗み見ると、背筋を伸ばしてお辞儀をするその横顔が、なんとも神聖なものに見えた。  お祈りを済ませ、境内を出る。 「何お願いした? オレは、ジジ臭いけど、普通に健康長寿」 「えっと……俺、すごい子供っぽいですよ。『邪念が消えますように』って」  邪念? いや、篠山歩夢さんは、邪な気持ちとはまるで無縁なピュアな人物だと思うんだけど。 「んー? 仕事に集中したいみたいな話?」 「いや……そうじゃなくて。最近すごいんです、邪念が」 「なにそれ」  へらへら笑いながら軽くひじで小突くも、歩夢は、バツが悪そうに頬を掻きながら言った。 「あの……高峰さんに会って以来、なんか、どうしても安西さんの昔のこととか考えちゃって」 「え? なんで? 別にいまオレ、あの人のことなんも思ってないよ」  意外な発言に、思わず首をかしげる。  歩夢は、とても言いにくそうに続けた。 「いえ、安西さんのことを疑ってるとかいうわけでは決してないんです。ただ……安西さんって、俺と違って遊び歩いたりもせず、ずっと片思いを貫いてたわけじゃないですか。って考えると、その、高峰さんのことすごい好きだったんだろうなと想像してしまったり。……そういうのが、邪念、です」  言い終えた歩夢は、なんだか泣きそうな顔をしていた。  それを見て……オレは思わずぷっと噴き出した。 「あはは。ごめん、めちゃくちゃ深刻そうなとこ申し訳ないんだけど、超面白いぞお前」 「へ? おもしろ……?」 「すげー的外れなこと言ってて超おもしろい。いや、たしかに邪念だわ。無駄な悩みもはなはだしいね」  ポンポンと肩を叩く。  仕事終わりの『おつかれ』みたいな感じで。 「まー、片思いこじらせて結果26歳まで未経験だったのは、事実だけど。でも、気持ちの大きさは全然違うよ。あの人に抱いていたのは、振り向いて欲しいとか優しくして欲しいとか、してもらいたいことばっかりだったし。でも、いまオレが歩夢に思ってることは、全然違う。オレの全部をあげるから、お前の全部を寄越しやがれと。そんなことを思ってるよ」 「それが……健康長寿?」 「そ。元気が一番。ずっと一緒にいような。良いときも悪いときも」  もう一度ポンと肩を叩く。 「邪念、振り払われた?」 「……お、お祈りやり直してきていいですかっ。まさか1分後に叶うと思わなくて」 「あはは。いいよ。オレも追加でいっこお願いごと増やしちゃう。金持ちになれますよーにって」  本殿に向かって駆け出す。  大笑いしながら、あとでちゃんと言おうと思った。  ものすごく大好きなのだということを。

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