10 / 111
side颯斗
藤沢家に代々仕える秋吉家。時代錯誤な話ではあるが、颯斗の家族、親戚は皆、職種は違えどあらゆる形で藤沢家に奉仕している。
馬鹿らしい。そう思うが、何代も続く慣習に高校生が一人異を唱えたところで何の意味もなさない。ただの反抗期とみなされて終わり。
だから高校を卒業したら、家を出て自由に暮らそう。そう考えていたというのに、颯斗の計画は藤沢家の次期当主の帰還により、大きく狂うことになった。
「私の息子の葵。颯斗と同い年だから、よろしくね」
写真では見たことのある馨と、そしてその息子の葵。目の前に並んだ二人は、どちらも浮世離れした容姿をしていた。特に葵は全くと言っていいほど、外部の人間と接触したことがないらしい。だからなのか、見ていて不安になるほど儚げだ。
そんな葵を颯斗と同じ高校に通わせるのだという。中高一貫の私立男子校。秋吉家の子息が皆通ってきた学校はそれなりの格式はある。藤沢家の跡取りが通うこと自体は世間体的に問題はないだろうが、今まで学校というものに通ったことすらない葵がやっていけるとは思えなかった。
それを両親に訴えれば、だから颯斗が面倒を見ることになったのだと当たり前のように返された。
なるほど、馨の“よろしく”の意味が理解できた。冗談じゃない。それなりに楽しく過ごしてきた学校生活が、葵のせいで台無しになるなんて御免だった。
だから四月から共に入学予定だった葵が五月になっても現れず、颯斗は安心していた。だが、それも束の間の夢だった。
「じゃあ、葵さん、昼飯は適当に食ってください」
昼休みのチャイムが鳴るなり、颯斗は葵に声を掛けに行く。登下校や、移動教室の際は付き添ってやらねばならないが、昼休みだけは友人たちと過ごせる唯一の時間だった。
「うん、ありがとう颯斗」
葵は颯斗には少し懐いたのか、こうして目を見て返事をしてはくれる。でも彼が昼休み中食事を取らずにただ席にジッと座っていることは知っていた。
葵を放置することも、きちんと食事をとらせないことも、本来颯斗に許される行為ではない。けれど、葵は誰にも告げ口せず、黙って時間をやり過ごしているから、颯斗もそれに甘えていた。
だから食堂から教室に戻った時、葵がいつもの場所から消えていることに驚かされた。上級生に連れて行かれたことをクラスメイトに教えられ、ますます颯斗は動揺する。
長谷部美智と緒方彰吾。二つ年上の上級生の噂は颯斗も何度か耳にしたことがあった。
彼らが連れて行ったということは、つまりはもう葵は無事ではないのだろう。五限の授業が始まっても戻らない葵に、颯斗は頭の中で両親や馨に対しての言い訳をひたすら考えてはなんとか保身の方法を探す。
ともだちにシェアしよう!