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side颯斗
ふらふらとおぼつかない足取りで教室に戻ってきた葵を見て、誰しもが同じ想像をする。またあの二人に抱かれたのだろう、と。颯斗もその一人だった。
葵本人は噂の中心になっていることすら気が付いていないのか、自席に座り、律儀に五限の授業の準備をし始めている。
保健室での会話を経て、馨に美智たちのことを告げ口するか悩んだものの、結局颯斗は見て見ぬふりを選んだ。
もしも颯斗がこの件を把握した上で故意に黙っていたことがいつかバレて咎められたとしても、それで葵の世話役をクビになるなら願ってもないこと。そう思い直したのだ。
葵が今朝美智たちに誘われたことは近くに居たから知っていた。それでも颯斗はいつもと同じように昼休みになると、葵を置いて教室を後にした。
だからこうなることは分かってはいた。それなのに泣いた後のように目元を紅くしたまま教科書を開く姿を見ると、いやでも罪悪感が生まれてしまう。
「大丈夫、ですか?」
終礼を終えてもまだ、葵がいつも以上にぼんやりしているように見えて、席まで迎えに行った颯斗は思わずそう声を掛けた。葵は小さく頷きながら、黙って帰り支度を整えるだけ。颯斗に助けを求める気はないらしい。
「日誌、職員室に届けてくるんで、ここで少し待っててもらえますか」
もう一度頷いた葵を教室に残し、職員室に向かうと、そこには見たくない顔があった。ちょうど用事を済ませて出てきたところらしい。
あちらも颯斗に気が付いたようで、さらりとしたストレートの黒髪を揺らしながら近づいて来る。ただ廊下を歩いているだけだというのにどこか艶かしく見えるのは、颯斗の偏見だろうか。
「やっぱり、昼休みの時間だけだと足りないよ。どうにかならない?」
開口一番、前置きもなく持ち掛けられた話題。整った顔立ちに柔和な微笑み。きちんと制服を着こなす優等生然としているが、美智の異常な本質を如実に表していた。
「黙認することは、協力しているのと同じことだよ」
だったら加担しろと、そう言いたいようだ。颯斗が葵をあえて止めなかったことを美智は見抜いているらしい。気まずさに視線を逸らせば、彼が小さく笑ったのが分かった。
「この不自由さもそれなりに楽しいけどね」
「……いつまで遊ぶ気、なんですか」
葵を守ってやるつもりもなかったが、二人の上級生に弄ばれ、あんな風に疲弊している姿を見て平気でいられるほど非情なわけではない。彼らが早く葵に飽きてくれたら、それが一番平和な解決方法だ。
「いつ、だろうね?俺も彰吾も、まだ葵とシたい遊びがたくさんあってね。だから困ってるんだ。時間が足りない、って」
「なんで葵さんなんですか。あなた達なら他にいくらでもいるでしょ」
現に彼らは気の向くまま、色々な生徒と関係を結んでいたはずだ。教員や、他校の生徒とも、なんて噂まで聞いたことがある。葵を抱くことは二人にとってもリスクがあると、保健室で伝えもした。わざわざ葵を構う理由が分からない。
「へぇ、あんなに可愛くてエッチな体してる子、他にもいたら紹介してほしいな」
まともに答える気がないのかもしれない。美智はそう言って颯斗を茶化してくる。
颯斗にとって葵は世間知らずで幼い印象しかない。でも彼らの話では男に抱かれることに慣れているのだという。まだ颯斗の中ではその二つのイメージが結びつかない。
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