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「ねぇ、君の連絡先教えてよ」 「……はい?なんで俺の?」 「だって、葵は携帯持ってないんでしょ。呼び出したい時いちいち教室行くのも面倒だから」 美智が颯斗に話しかけてきたのはこれが目的だったのだろう。ポケットから携帯を取り出し、こちらにディスプレイを向けてくる。だが、颯斗は生憎彼と仲良くする気はない。それに、だ。 「葵さん、携帯持ってますよ」 事実を伝えてやれば、美智の目がスッと細められる。口元は曲線を描いたままだが、葵に嘘をつかれたと分かって機嫌が悪くなったのだとすぐに分かった。 「中身チェックでもされてるんじゃないですか」 「あぁ、そうか。なるほどね」 葵が嘘をついた心当たりを告げてやると、すぐに美智は納得した素振りを見せた。 「今朝も登校前に抱かれたって言ってたし、携帯まで押さえてるってことは、やっぱり家族なのかな。葵のご主人様は」 だから朝、エントランスに現れた葵がいつも以上に眠そうな顔をしていたのか。美智のせいで知りたくもない事実を把握してしまった。 「葵は誰と暮らしてるの?」 「……もう行かないといけないので」 核心に触れてきた美智にそれ以上答えることはせず、颯斗は職員室に駆け込んだ。廊下で待ち伏せされ、話の続きを求められたらと恐れたが、出てきた時にはもう美智の姿はなかった。 だが颯斗が安堵したのは束の間。教室に戻ると、葵の席の周りに三つの黒い影が群がっていた。それほど親しくないクラスメイト達。 「何してんの」 颯斗が声を掛ければ、彼らは焦ったように散っていく。中心にいた葵の詰襟のボタンが外されているのを見れば、どうやら彼らは葵が一人ぼっちになったのを見て悪戯をしかけたくなったのだろう。 上級生に大人しく身を委ねて抱かれていると分かれば、自分達も簡単に抱けるとでも思ったのかもしれない。昼休憩から戻ってきた葵のあの艶っぽい表情で触発されたのだとも予想がついた。 「おかえりなさい、颯斗」 黙々とボタンを留め直しながら、呑気にこちらを向く葵も颯斗には理解できない。この調子ではクラスメイトの手も拒まなかったに違いない。 「自分の身ぐらい、自分で守ってくださいよ」 呆れた颯斗の言葉に不思議そうな顔をしてみせるのだからどうしようもない。 「守ってるよ?」 どこがだ、そう反論したくなったが、葵の真っ直ぐな目を見て何も言えなくなった。 抵抗しないことが葵なりの身の守り方なのだと気付かされる。途端に湧き上がってきたこの無性にやりきれない気持ちは、同情なのだろうか。 父親からの陵辱がいつから始まったのか、颯斗は知らない。どんなことをされているのか知る由もない。 それでも、学校すら通っていなかったという海外での生活が、葵にとって楽なものではなかったのだと容易に察しがつく。いや、家と学校、両方で体を貪られる今のほうが辛いだろう。 「帰りましょうか」 「うん」 頷く葵を連れて教室を後にした。 迎えにきている車に共に乗り込み、家まで送り届け、そしてまた明日の朝学校へと連れ出す。元から乗り気ではなかった役目が、今は即座に投げ出したいほど苦痛になる。葵を苦しめる場所に導いているのが颯斗であるような錯覚に陥るからだ。 疲れ切っているのか、颯斗の肩に頭を預けうとうとしだした葵を見て、ますます胸が苦しくなる。彼にとって安らげるのは今この瞬間しかないのかもしれない。 「どうしたらいいんだよ、こんなの」 颯斗の吐き出した呟きは、車のエンジン音にかき消されていった。

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