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side馨
帰国するための条件だったとはいえ、日本で馨に課せられた仕事は想像以上に過酷だった。意味の分からぬ会食も立て続けに入れられるおかげで、葵が起きている時間に帰れることも少なくなった。
もしかしたら父の狙いはそれなのかもしれない。馨を説得するのは諦め、強制的に葵との距離を置かせる。それが意図なのだとしたら、随分と甘い考えだ。
帰宅すると、やはり葵はもう眠っているのだと告げられる。だが馨には関係のないこと。葵の部屋に入り、ベッドの上で丸まる塊に声を掛ける。
「葵、ただいま」
まだ眠りは浅かったのだろう。それともこうして起こされるのに慣れてきたのか。葵はすぐに身じろぎをして、そして馨を見つめ返してくる。
「パパと一緒にお風呂入ろうか」
眠っていた葵を誘うのはおかしい。けれど、馨はそんなことを気にしない。葵と過ごす時間を作れれば何でもいいのだ。
大人しく受け入れた葵を連れて浴室に向かうと、すでに浴槽からは湯気がのぼっていた。馨の帰宅時間に合わせてきちんと風呂の準備を済ませておく出来のいい使用人がいる証拠だ。
馨が葵の寝室に真っ直ぐ向かったのを見届けたためか、二人分のタオルまで用意されている。本当に気が利く。
「葵、脱がせて」
いつも人形らしく馨の手で着替えさせられてばかりの葵は、こうしてたまに馨側から求めるとひどく恥じらいを見せる。拒みはしないが、馨のネクタイに掛かる手が少し震えていた。
「いい子だ。葵も脱がせてあげようね」
シャツのボタンを一つ一つ、丁寧に外していく葵を褒めながら、馨も葵のパジャマに手を掛ける。
幼い頃は少女のような洋服を着せるのが好みだったし、今も時折そうした着せ替えをして遊ぶことはある。でも普段はシンプルで質の良いものを身に着けさせていた。ごく普通の服を脱がせて現れる淫らな肢体のギャップが楽しいのだ。
浴室の明るい照明に照らされることも、葵を恥ずかしがらせる要素になる。だから湯船に浸かって待っているよう馨が促せば、途端に安心した顔つきになった。
乳白色の湯に体を沈め、少し眠そうに瞬きを繰り返している葵を横目に、馨は手早くシャワーを浴びていく。
今夜共に食事をした相手は喫煙者だった。もちろん目の前で吸うことはすぐに止めさせたものの、ほんのわずかな時間漂った嫌な匂いが自身にべっとりとこびりついたようで不愉快だった。ようやくそれを洗い流せて、馨の気は落ち着いていく。
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