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「葵は手も小さいね。ほんと、子供みたい」 力を込めれば握り潰せてしまいそうなほど華奢な手。でも不思議と柔らかく、高めの体温も相まって幼い印象を与えてくる。詰襟も葵の体には少し大きくて、余計に子供っぽさを助長していた。 けれど、制服の下に隠された体が美智も彰吾も夢中にさせるほど淫らなことを知っている。そのギャップを思い描いただけで背筋が震えた。許されるならばこのまま連れ去って組み伏せてしまいたい。 「もう迎えって来てるの?ちょっとぐらい遅れても平気?」 「平気なわけないです。やめてください」 一応は確認してみるものの、颯斗は前のめりに否定してきた。 「葵?声聞かせて」 聞きたいのは颯斗ではなく、葵の声。そう促しても葵は何を話したらいいのか分からないのだろう。答えを探るように美智の目を見つめ返してくる。 「転校したばっかりなのに、試験なんて大変だね。大丈夫だった?」 「……はい」 仕方なく美智から質問を投げても、短い返事で終わってしまう。美智を怖がっているのだろうが、会話自体も苦手に違いない。お喋りをするような親しい相手など一人もいないことは、葵の携帯の中身を見て察していた。 「そもそも、なんでこんな時期に転校してきたの?」 一年の五月なんて妙なタイミングだ。入学した先の高校でトラブルでもあったのだろうか。そう考えた美智に対し、返ってきた答えは思いもよらぬものだった。 「忘れちゃったみたい、です」 「何を?」 「入学の、手続き」 冗談のような話だが、葵がふざけるわけもない。それに葵の父親がどんな存在かを考えれば有り得るような気もしてきた。 小さな傷も痣も許さず、授業が終われば真っ直ぐに家へと帰らせる。本当は葵を学校になど行かせず、一歩も外に出したくないのかもしれない。だから“忘れた”ではなく、わざと手続きをしなかった、そんな予想を立ててしまう。 「じゃあね、葵。ばいばい」 校門が近づくにつれ、また颯斗が騒ぎ出したから美智は仕方なく葵を解放してやる。そして手を振ってやれば、葵も躊躇いがちに手を振り返してきた。すぐに颯斗がそれを遮って連れ去ってしまったが、美智からの挨拶を受けて葵がどこか嬉しそうに表情を綻ばせたのが印象的だった。 自分を犯す相手にすらそんな態度を見せるぐらい、葵は孤独なのかもしれない。

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