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第2話-②

 最初に訪れたのは猫カフェだった。将太自身も猫は好きだ。とはいえ、一人でこういう場所に来る機会は中々ない。お店に入る時は少し緊張したが、入店してしまえばなんてことはなかった。大人しい子もいて、抱き上げると整った毛並みが優しく肌に触れ、愛くるしい瞳に和まずにはいられなかった。  幸太郎も同様に、将太が抱っこした猫を隣で眺め頬を緩ませていた。  水族館では大きなシャチが優雅に水中を泳いでいた。人間の身長を遥かに超える大きなシャチ。近くで見ると圧巻の大きさだ。将太が水族館に来たのはこれが初めてだった。うっかり目的を忘れて食い入るように見てしまったが、チラリと隣を眺めると幸太郎も大きなシャチに夢中のようだった。内心はしゃいでいたことはバレていないだろう。  プラネタリウムでは満天の星空を堪能し、次に訪れたバッティングセンターでは何回かホームランを打ち出した将太。打った本人より見ていた幸太郎の方が大喜びで、盛大な拍手をもらってしまった。その後ゲーセンに行き、スコアを取りたいと言っていたゲームは結局将太が挑み、何とかクリアを果たした。他のゲームもやりたいと言い出す幸太郎だが、そのどれも実際に操作をしたのは将太だった。 「あー楽しかったね!ねぇ、どう!?どう!?」  意気揚々と将太に尋ねる幸太郎だが、本人に何の変化も見当たらない。 「楽しかったね、って……ほとんど俺がこなしてたじゃねぇか。しかもお前全然成仏する気配ないし」  公園のベンチに座り、ぐったりと肩を落としながら疲弊した声で返す将太。さすがにこれだけの量を一度にこなすとなると疲れる。 「うーん、そうだね」  隣に座る幸太郎も困った笑みを浮かべて返事をする。  幸太郎の未練を叶えてみたものの、どうやらそれらは未練ではなく、言葉通り行きたかった場所とやり残したことだったようだ。とんだ骨折り損だ。 「あのさぁ、もっと根本的な部分で考えてくれないか?」 「根本的かぁ……」  幸太郎はそう言って景色を眺めた。どうして自分が成仏出来ないのか、その理由は一体何なのか。それは幸太郎本人にしか分からない。少し間を置くと、幸太郎は口を開いた。 「時間を巻き戻したい、かな。そしたら今頃こんなことにはなってないでしょ?」  強い西日がベンチを照らす。足元に伸びるのは一人分の影。生温い風が吹き、木々の葉がざわつくように鳴った。 「僕、こう見えて恋人がいてね、意を決してプロポーズしようと思っていたんだ。この先も一緒だよ、大好きだよって。ちゃんと指輪も用意してたんだ。でも、渡しそびれちゃった……」  景色を眺める幸太郎の視線は遠くを見つめていた。きっとその瞳に映っているのは景色ではないのだろう。ほんのりと頬に笑みを浮かべているが、その表情はどこか寂しげで、哀愁を帯びていた。  なんだ、立派な未練があるじゃないか。将太はそう心の中で呟いた。 会った時から陽気で楽しそうな振る舞いを見せていたが、幸太郎はもうこの世の人間ではないのだ。この世に無念を残して死んでしまった幽霊なのだ。これからの人生、愛する人と生きていくはずだったのに、夢だってあっただろうに、その声は誰の耳にも届かず、その姿は誰の目にも留まらず、体はもう触れることさえできない。幸太郎はもうこの世にはいない、もう存在していない死人なのだ。  将太は顔を上げ、幸太郎に一つの提案を伝えた。 「……あのさ、俺がその人にお前の気持ち伝えるってのは、どう?」 「え?」 「まぁ、そもそもその人に信じてもらえるかどうかも分からないんだけどさ。もし上手くいって、それでお前の気持ちが晴れて、成仏出来ればそれでいいし、ダメなら……また方法考えるからさ」  出来ることはこれくらいしかない。自分に特別な才能があるわけでもない。突飛なことを思いつくような発想力も大して無い。そんな平凡で普通な自分だけれど、今、幸太郎の姿形が見えるのも声を聞けるのも自分だけなのだ。望みは小さいかもしれない。それでも可能性がゼロでないのなら試す価値はあるんじゃないだろうか。  幸太郎は将太の提案に了解も否定もせず、黙ったままだった。 「……悪い、今はこれくらいしか思い浮かばない」  すると、幸太郎はおもむろに立ち上がり、軽く振り向くと言った。 「来て」

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