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第2話-③
幸太郎に連れられ、言われるがまま向かった先は車の通りが多い街の歩道だった。その一角には花や飲み物、お菓子といった供え物が塀に立て掛けるように置いてある。幸太郎は手向けられた花束の前に立ち、ゆっくりとしゃがむと話し始めた。
「僕達はその日、二人で出かけてた。これから行くお店のこととか、お昼は何を食べるとか、たわいないいつもの会話をしながら歩いてた。そしたら突然歩道に車が突っ込んで来て……僕達はその事故に巻き込まれた」
幸太郎の声が、少しずつ重たく沈んでいく。
「車を運転していたのは会社員の男性。突然心臓発作を起こして運転操作もままならない状態だったらしいよ。その人だって事故を起こしたかったわけじゃないし、巻き込まれた人達も、いつも通り街を歩いていただけ。これはね、偶然が重なって起こってしまった不慮の事故なんだ」
膝を抱え、背中を丸くして話し続ける幸太郎の姿は、どこか苦しそうに見えた。
「でもね、この先も当たり前のように続くと思っていた日常が突然終わっちゃうんだよ。そんなのってさ、死んでも死にきれないよね」
そう言うと、膝を抱える手に力が入り、くしゃりと歪んだ袖のシワが一層際立った。
「この事故で、子供からお年寄りまで沢山の死傷者が出た。大切な命が失われたんだ。僕はここに来る度思ってた。どうして僕だけがこんな姿になっているんだろうって」
幸太郎は顔を上げ、振り向いて将太を見つめた。
「さっき、僕のために想いを伝えるって言ってくれたけど、出来ることなら既にやってるよ」
そう言った幸太郎の表情は無理に笑顔を作っているようで、胸の奥が締め付けられるような思いに駆られた。
出来ることなら既にやっている。それは、裏を返せばもう出来ないということだ。想いを伝えたくても伝えられないのだ。
つまり、その人はもう……。
その瞬間、凄まじい悪寒に襲われた。
「将太、後ろ!」
全身が震え上がるほど、おぞましい何かが背後に居る。頭のてっぺんから足の先端まで、体中の細胞が危険だと脳神経に訴えかけてくる。振り向かずとも分かる。あの黒いモヤが直ぐ後ろに居る。逃げなくては。一刻も早くこの場を離れなければ。なのに何故だ。体が動かない。動けない。どうして。このままでは飲み込まれてしまう。
瞳孔が開き、固まったままの将太に幸太郎の手が伸びた。
強く引っぱられた腕。将太は引き寄せられるがまま幸太郎の胸元へと飛び込んだ。
幸太郎は咄嗟に身を翻し、モヤから将太を庇おうとしたが避けるのが精一杯だった。二人はそのまま地面へと転がり込んだ。
「うわっ!」
幸太郎はすぐさま起き上がり将太に尋ねる。
「将太立てる!?」
「あぁ……」
それを聞くと今度は将太の手を握り、幸太郎は促すように駆け出した。
「じゃあ走るよ!」
「えっ、ちょっ!」
言われるがまま手を引かれて走り出す。よろめきながらも、しっかりと繋がれた手に支えられる。そして幸太郎は振り向きざまに将太へ伝えた。
「大丈夫!絶対に離さないから!」
変わらない背丈のはずなのに、目の前を走る幸太郎の後ろ姿は逞しく、そして大きな背中に見えた。
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