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第4話-③

 幸太郎と過ごせる時間はあとどれくらいだろうか。コンビニの買い物袋を片手に、将太は街中を歩きながら思った。  幸太郎の体は日を追うごとに透けていく。それはつまり、成仏する日が刻一刻と近付いているということなのだろう。幸太郎は成仏を望んでいる。それが幸太郎のためだと頭では分かっている。けれど、透けていく幸太郎の姿を見ていると、どうしても繋ぎ止めたいと思ってしまう自分がいるのだ。もし、行かないでほしいと伝えたら、このままずっと傍にいてほしいと伝えたら。幸太郎は成仏することを考え直してくれるだろうか。  分かっている。そんなことを言えば幸太郎を困らせるだけだ。自分の勝手なエゴを幸太郎に押し付けているだけにすぎない。  幸太郎の願いを叶えてやりたい。その気持ちは嘘ではない。けれど、それ以上に消えてほしくないと願ってしまう自分がいる。そう思ってしまうほど、将太にとって幸太郎が大きな存在へと変わってしまったのだ。  気付けば将太は事故現場に来ていた。幸太郎のことを考えるあまり、無意識に足が向いてしまったのだろう。手向けられた花。側にはお菓子や飲み物も一緒に供えられていた。  ざわつく胸。将太は左胸を押さえ、くしゃりとシャツを握り締めた。最初に幸太郎の腕が透けたあの日。あの日から感じているこの胸のざわめきは一体何なのだろうか。消えてほしくない。その気持ちのもっと深い所に、ざわめきの正体がある気がするのだ。  将太は瞳を閉じ、幸太郎の姿をその瞼の奥に映し出した。眩しく輝く笑顔、曇りを吹き飛ばす笑い声、ステップを踏むような軽やかな足取り。幸太郎が醸し出す空気は一つ一つ温かくて、それに触れると辺りは一気に明るく照らされていく。幸太郎はまるでさんさんと輝く太陽だ。その光がもうすぐ消える。そう思った途端、将太に一つの感情が湧いた。  「怖い」と。  何故「寂しい」ではなく「怖い」なのだろうか。別れが辛い。そういう単純な感情ではない。一体何を恐れているのだろうか。幸太郎が目の前から居なくなったその時、自分は一体どうなってしまうのだろう。  ごくりと喉を鳴らしたその時、背後におぞましい悪寒が押し寄せた。一気に冷や汗が噴き出る。覆い込まれるようなこの嫌な感覚。間違いない、あの黒いモヤだ。瞬時にそう悟り、将太は思わず背後を振り返った。  しかし、目に入ったのは何の変哲もない街の姿だった。行き交う人も変わった様子はない。見渡す限り、そこに黒いモヤの姿はなかった。気のせいだろうか。しかし、確かにあの悪寒を感じた。一瞬で消え失せたというのだろうか。  ここで考えていてもしょうがない。早く帰ろう、そう思い将太は家路へと足を進めた。  しかし将太は気付いていなかったのだ。その黒いモヤが、自分の足元から現れ出ていることに。

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