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第5話-③

 カーテンの隙間から朝日が差す。あれから自分の家へ帰宅したが、一睡もしていない。体はひどく疲れているのに、眠気など一時も来なかった。  無力感と脱力感に覆われた体。布団に横たわり、一晩中将太のことを考えていた。汚れた服も着替えずそのままだ。夏の暑さで滲んだ汗。乱れた髪がベタついて所々顔に張り付いている。そんなこと気にも留めなかった。頭が重い。起き上がる気力も無い。ただただ重力の成すまま、鉛と化した体を布団に預けていた。  セミの鳴き声が徐々に聞こえ始める。既に蒸し暑い部屋の中。横たわったまま飲みかけのペットボトルに手を伸ばした。しかし、手が当たったペットボトルは倒れ、ゆっくりと窓の方へ転がっていった。徐々に遠ざかっていくペットボトル。手を伸ばしても届かない。届かない場所へ行ってしまった。  ペットボトルの水が太陽の光を浴びてキラキラと揺らめきながら反射する。あぁ、なんて無力なのだろう。自分はただ眺めるだけしかできない。気持ちと相反して明るく輝く反射光。その光を遮るように幸太郎はゆっくりと瞼を閉じた。  途端、まるで耳元で騒ぎ出したような、大きなセミの鳴き声が耳に響いた。どうやらベランダに迷い込んで来たようだ。視線を上げると、網戸に一匹のセミが張り付いていた。ジリジリと鳴き続けている。  セミが鳴くのは求愛行動のためだと、昔図鑑で読んだことがある。こんな所で鳴いたって雌には気付かれないだろう。意味なんてないだろうに。  その時だ。セミは突然網戸から落下した。ベランダのコンクリートの上に転がり、先ほどまで大声で鳴いていたその羽も動かなくなった。急に静まり返る部屋の中。セミの寿命は一週間とよく聞く。地上を出て一週間、その短い期間で命が尽きる。その間、このセミは相手を見つけられたのだろうか。役目を果たせたのだろうか。精一杯、自分のできることをやり遂げられたのだろうか。  自分にできること。その言葉を頭の中で反芻する。幸太郎はシーツを握り締めた。体をゆっくりと起こし、カーテンの隙間から覗く青空を眺めた。眩しく照らす太陽がこちらを向いている。のそりと立ち上がり、幸太郎は洗面所へと足を運んだ。鏡に映った自分の顔。目の下にはクマが出来ていた。  将太に会いたい。脳裏に浮かぶ将太の姿。「コタ」と穏やかに柔らかく呼ぶ将太の声。会いたい。将太に会いたい。幸太郎は唇にぐっと力を入れると、暗く重くなった気持ちを洗い流すように、冷水で何度も顔を洗った。滴る水。顔を上げ、幸太郎は再び鏡に映る自分の姿を見た。  “会いたい”じゃない。会いに行くんだ。顔を上げろ。何もしないで待っているだけなんて自分らしくない。小さなことでもいい。行動に移せ。毎日将太のお見舞いに行くんだ。  そう心に決め、幸太郎は毎日病院へ足を運ぶようになった。

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