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第9話-①

 南の空に月が浮かぶ。気付けば大分話し込んでいた。木下は立ち上がり、やる気の満ちた顔で拳を握り幸太郎に言った。 「とはいえ、私たち医療に関わるメンバーも全力を尽くすわ。将太くんの為に一緒に頑張りましょ!」  そう声をかけるが、幸太郎は悩まし気な表情を浮かべていた。 「はい……。ただ、将太の記憶から僕の存在が完全に消えているみたいなんです。街や人はここと全く同じなのに、何で僕の記憶だけ……」  あの時医師は言っていた。将太の脳は損傷を受けていると。恐らく事故の衝撃で脳の記憶に関わる部分に、何らかの影響を与えてしまったのだろう。消えた幸太郎との記憶。今の将太にとって、幸太郎は見知らぬ他人でしかない。これまで共に過ごしてきた日々が全て無かったことになっているのだ。話をするにも、そんな状態でいきなり「あなたの恋人です」と言われても困惑するに決まっている。 「それってつまり、将太くんが幸太郎くんのことを思い出したら一気に道が開けるってことじゃない?」  幸太郎という欠けた記憶のピースを嵌める。そうすることで彷徨う将太の意識を現実世界へ誘うことができるのではないか。木下はそう言葉にした。 「ねぇ幸太郎くん、試してみたらどうかしら」 「試すって、何をですか?」 「例えばやりたかったこと。約束していたこと。行きたかった場所。思い出の場所とか。あなた達二人に関わることを夢の中で体験してみるの。何がキッカケになるかは分からないけれど、どこかに記憶を呼び起こす鍵があるんじゃないかと思うの」  他の誰かが聞いたら非科学的で馬鹿らしい話だと笑うかもしれない。空想話や映画の脚本でも考えているのかと。けれど、木下は真剣に話を聞き、自分の考えを言葉にしている。決してふざけて話を合わせているわけではない。信じてくれている。そう思ったのだ。話して良かった。幸太郎は心からそう思った。  幸太郎は強い意志を込めて頷いた。 「そうですね、とにかく実践あるのみ!」

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