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第9話-②

  風に揺られて木の葉がさらさらと鳴る。葉っぱの隙間を縫って西日が将太を照らしていた。  猫カフェ、水族館、プラネタリウム、バッティングセンター、ゲームセンター、二人で行きたいと話していた場所の数々。思いつく限りのことは試してみた。しかし、将太にこれといった変化は見られない。 「……悪い。今はこれくらいしか思い浮かばない」  視線を地面に落とし、将太がそう言った。  それとなく話を振ってみるも、記憶を揺さぶるような反応もない。もっと踏み込んだことを試してみるべきなのか。次の一手、幸太郎はある考えを浮かべていた。  一日中この夢の中を歩いて、分かったことが一つある。現実と夢の世界。この二つの世界の時間差だ。多少の差はあるが、西暦や季節は同じで大きな時間のズレは生じていない。だとしたら、「あの場所」があるのではないか。幸太郎はそう考えていた。  おもむろに立ち上がると、幸太郎は肩越しに振り返り将太に視線を送った。 「来て」  車が行き交い、人通りの多い街中。見覚えのあるショップ、看板、背の高いビル。あの場所が近い。足を進めるたび、胸の鼓動が強くなっていく。信号を曲がって直ぐ、その歩道の一角を幸太郎は見下ろした。  目に映る花束。飲み物やお菓子の袋がその場へ寄せられるように置かれている。  あった……!  幸太郎の仮説が確信に変わった。将太はここで事故があったことを覚えているのだ。これは荒治療かもしれない。けれど、記憶を呼び起こすには十分な要素ではないだろうか。思い出してほしい、その時のことを。この場所で何があったのか。  その場にしゃがみ、背を向けて話していた幸太郎は振り向いて将太を見上げた。その途端、幸太郎は凍り付いた。目に飛び込んできたのは、将太の背後に浮かぶ黒いモヤだった。禍々しい闇のようなソレは渦を巻いているようにも見えた。まるでブラックホールのようだ。一瞬で全身に鳥肌が立った。直感したのだ。アレに近付いてはいけないと。アレに飲み込まれたら、二度と戻って来れなくなると。  脳裏に将太の言葉が蘇る。それは将太が黒いモヤのことを口に出した時のことだ。黒いモヤがよく視界に現われる。日に日に大きさも増していき、最近はソレに飲み込まれるような嫌な感じがする、と。  「この状態が長引くと回復の見込みは薄れていくでしょう」病院の医師はそう言っていた。将太の側に幾度となく現われる黒いモヤ。正体は分からない。けれど、おぞましい存在だということははっきり分かる。言うなれば形のない死神だ。そいつが段々と将太に近付いている。  夢の世界。この場所に長く居続けるのは危険だ。このままではいつか将太がアレに飲み込まれてしまう。悠長に構えている時間はない。もう、なりふり構ってはいられないのだ。

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