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第9話-③

「僕の恋人になってくれないかな」  そう告げた幸太郎の言葉に将太は目を丸くした。  疑似体験からでもいい。自分たちが恋人であったこと、愛し合って過ごしていたことを思い出してほしい。膝の上でぎゅっと拳を握った。懇願するように、将太を見つめる幸太郎。  将太のことが好きだ。控えめな笑顔も温かい声も、器用で何でもできるところも、嘘がつけないところも一歩引いて考えてしまうところも、全部全部、そんな将太が大好きだった。  いつも引っ張って連れ回すのは自分の方だった。昔からそそっかしいと言われることも多かった。もっと落ち着いて慎重に行動しろ。周りから制限されるような言葉を度々聞かされてきた。けれど将太は、そんな幸太郎の振る舞いを春の嵐のようだと言って笑ってくれたのだ。  巻き起こす風は背中を支える追い風になり、舞い上がった花びらは道しるべを作りだす。例え道に迷ったとしても、顔を上げれば太陽のような笑顔を向ける幸太郎がいる。それがどんなに頼もしいことか。幸太郎の存在はまるで行く先を照らす光のようだ。将太は照れくさそうに、けれど確かな想いを乗せて、幸太郎にそう言ってくれたのだ。  あの日、スピードを上げて歩道へ向かってくる車に気付いたのは将太の方だった。突然胸元を押されて体が後ろに傾いた。それは一瞬の出来事だった。耳に飛び込んできた大きな衝突音。瞬きの後、瞳に映ったのは目の前で血を流して倒れている将太の姿。何も出来なかった。何が出来るかなんて考える余裕すら無かった。ただただ、壊れた機械のように、繰り返し名前を呼ぶことしか出来なかった。  でも、今は違う。自分に与えられたチャンス。出来ることが今ここにある。守るのだ。助けるのだ。救うのだ。世界一大好きで大切な将太のことを。  幸太郎は想いと意志を込めて将太に唇を重ねた。  幾度となく触れ合った夜。その熱を思い出すかのように将太の頬は染まっていく。もっと触れて、撫でて、感じてほしい。こんな風に愛を注ぎ合っていたことを。  ふと、愛撫を続ける腕に違和感を覚えた。力が入らない。そんな感覚だった。視線を移し、視界に入ったその光景に幸太郎の瞳孔が開く。自分の腕が、手が、まるで幽霊のように透き通っていた。

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