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Liquidation 4-1
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「ジョニーちゃん、ちょっと僕に付き合ってくれないかい?」
リビングのソファーに横たわって音楽雑誌を読んでいたジェイクにサムは声をかける。
ジェイクが負傷して約半月。サムは相棒との同棲期間を楽しんでいた。だが当のジェイクは何度も自宅へ帰ろうと試みたが、サムはそう簡単に逃がすはずもなく、毎回失敗に終わった。サムが外出を匂わせると、案の定ジェイクは皮肉に満ちた笑みを浮かべた。
「ようやく外出許可下りたんですね。せいせいしました」
「本当はこのまま僕の家で暮らしてほしいのに……」
ジェイクの髪を撫でながらぼやくと、その手は振り払われた。
「あのねえ、そもそも俺の怪我は入院する必要もないほどの軽傷だったんだよ。せいぜい打撲とかすり傷くらいだ。俺は家に帰ってのんびり休養するつもりだった。なのにあんたが無理やり連れ出してあんたの家に閉じこめてもう半月近く……これじゃあ監禁だ。あんたはどこまで俺を監視すれば気が済むんです?」
「そうだな。君が応援を待たずに単独で突っ走ることがなければ、僕が危険を冒してまで君を助けに行く必要はなかったんだけどな。熱血漢は頼もしいが、時に無謀でもある。そのあたりを弁 えるまで、君とずっといるよ。僕は」
「そりゃあなたの命令を無視した俺が悪いですが、元はと言えば――ああ、やっぱここで終わりにしましょう。埒 が明かない」
「同感だ。それで、どうだい? 僕の用事に付き合ってくれる?」
「構いませんよ。どこへ行くんです?」
「拘置所。ビルと面会するんだ」
「ああ……」
ジェイクの顔色が曇る。ビルと会いたくないのは承知の上だが、サムだってひとりで会いたくない。せめて近くまで。今日だけはジェイクにも付き添ってほしかった。
「君は外で待っていればいいさ。それと彼女たちの墓参りに」
「彼女たち?」
「ビルの亡くなった奥さんと娘さんだよ」
この仕事に墓参りはつきものだ。しかしビルに会いに行く前に、どうしても彼女たちに挨拶をする必要があった。
「アリソン、リリー。久しぶりだね、僕のこと覚えているかな」
「……サム、あなたは彼女たちと親しかったんですか?」
「彼らとは家族ぐるみの付き合いだったんだよ。だからこそ、彼女たちが亡くなったと知っても葬儀に出ず――出たくとも出られなかったしね、こうして墓参りにも来れなった。ふたりは僕なんかに会いたくないだろうけれども、すべてビルのためだ」
サムは自分に言い聞かせるように、花を手向けた。背後のジェイクは静かに見守っている。ビルからどれほど話を聞かされたのか不明だが、思うところがあるのだろう。
「ビルに他に家族は?」
「いないよ。僕らが警察学校で出会った時にはすでに、彼は天涯孤独の身だった。その後アリソンと結婚し、リリーを授かった。理想の家庭を築こうとしたんだね。僕には一生縁のないことだ」
バイセクシャルのビルは世間体のために結婚したと当時は言っていたが、アリソンとリリーへの愛は本物だったとサムにはわかった。
だからこそ、間接的に彼女たちの命を奪ってしまった罪は、いくら年月が経とうとも重くのしかかっている。
「なあ、ジェイク……君は所帯を持ちたいと思わないのかい?」
「いきなり何です。あなたらしくない」
「ただの興味本位だよ。君もそろそろ身を固めろと周りから言われるんじゃないか?」
「俺にその気はありませんよ。仕事柄、独りのほうが都合いいので」
「……哀しいこと言うなよ。墓前の前だぞ」
「先に訊いたのはあなたでしょうが」
「そうだった……」
手向けた花束が揺れ、幾枚かの花弁が散っていく。強くなってきた北風が、お前のせいだと耳の奥まで凍えさせる。これからが本番だというのに情けないものだ。アリソンとリリーの墓石の前から動こうとしないサムを動かしたのはジェイクだった。
「そろそろ行きましょう。面会の時間が迫っています」
「ああ……」
「俺は拘置所の外で時間潰していますから、どうぞごゆっくり」
「面会時間は決まっているだろう。長居はしないさ」
至極真っ当な発言だっただろうに、ジェイクの表情は芳 しくなかった。
「本当に、あなたらしくない」
「……行こうか、ジェイク」
相棒以前に部下でもある男に心配をかけてはいけない。サムは無理に表情をほころばせ、ジェイクを安心させようと努めた。
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