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Liquidation 4-2
透明なガラスを一枚隔てたビルは最後に見たときよりもずっと憔悴していた。サムが受話器を取ると、ビルも同じように手を動かす。まるで鏡のような単調な動きだ。ビルの意志はどこにあるのだろうか。この男からは覇気というものが感じられない。
「調子はどうだい、ビリー?」
サムは通常の口調でビルに問いかけた。
「……僕に何の用だ、サミュエル」
「特に用はないけど……ただ、しっかり君と話しておくべきだと思ってね」
「僕は君と話すことはない」
「まあ訊いてくれよ。僕は君に謝りたかったんだ」
サムの言葉にビルは嘲笑をもらした。
「いまさらだな、サミュエル。君が僕に対して罪悪感を抱いたのは、いったいいつの話だい? あの事件の直後? それはないだろう。君の大事な相棒くんに危害を与えたからだろう。この僕が」
「……否定はできないな、ビリー」
「だろうな。それで? 今日君は僕に謝罪をするためだけにここまで来たのかい」
「ああ、そうだ」
サムの脳裏にあの雪の夜がよみがえる。
――あの日、僕が早とちりをしなければ……。
ビルが世間から好奇の目に晒されることもなく、彼の信頼が失われることもなかっただろう。サムは降格処分と左遷で済んだ。しかしビルは解雇処分を受け、ニューヨークから姿を消した。そして……。
「ビリー。いや、ビル。すべて君の言うとおりだ。あの事件の日。僕は自分の失態を隠すために、何もかも君のせいにして逃げた。ビル、君のせいにして僕は逃げたんだ。あの頃、僕は警部になったばかりで有頂天になっていた。少しのミスすら許せなかった。だがその一方で自分の身が可愛かった」
「……それで?」
「本当にすまなかった」
サムは頭を下げた。ビルは無反応だった。
「だがな、ビリー。君がジェイクにしたことを僕は絶対に許せない。僕に対しても、ジェイクに対しても、君が謝る必要はない。君はこれから裁判を受けて、法の裁きを受ければそれでいい」
「なるほど……」
ビルは眼鏡を取り、長い前髪をかき上げる。
「本当に君はプライドが高い男だ、サミュエル」
「お互い様だろ、法の番人」
「また懐かしい名で呼ばれたものだ」
ビルはククっと笑った。気のせいかまなじりに滴が伝ったように感じた。ビルは眼鏡を掛け直し、ふたりを隔てるガラスをノックした。
「君の相棒くんは元気かい?」
「ああ、おかげさまで。ここにも連れてきているけれど、外で待たせている」
「そりゃあ、僕には会いたくないだろうね」
「僕だって二度と君に会わせたくないさ。ただなビリー。君に会う前に君の大事な人たちに挨拶をしてきた。君の代わりにね」
「ありがとう、サミュエル」
「……もう行くよ、ビリー」
「しばらく会えないな」
「僕の力を信じろ。少しでも早く出られるように善処する」
「遠慮するよ。まったく、嫌な〝友人〟を持ったものだ」
「あいにく僕は嫌がらせが趣味なものでね。じゃあなビリー。抜き打ちで顔出しに来るから、おとなしくしていろよ」
「ああ……」
互いに受話器を戻す。ビルは出会った頃のような、生き生きとした光を宿した瞳をしていた。
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