14 / 17
Liquidation 4-3
「ちゃんと謝れました?」
「さあ、どうだろうね」
拘置所の入口で待っていたジェイクから開口一番に聞かされたのは手厳しい質問だった。サムははぐらかしたが、彼の相棒は真実を知りたいとその目で物語っていた。
「わかったよ、ジェイク。立ち話もなんだ。すぐ近くにカフェがあるから、コーヒーを飲みながら話したい。どうかな?」
「当然、警部補殿のおごりですよね。あなたには過去最大級に迷惑をかけられましたから」
「もちろんだよ」
「……ついでにマフィンかケーキも」
「当然さ」
ジェイクを伴ってカフェに向かうと、店内は混んでいてテラス席を案内された。みな考えることは同じなのだろう。外気は寒く、空は濁った灰色をしていた。
「雪が降る前にここを出ましょう」
コーヒーにミルクと砂糖をたっぷりと注ぎながら、ジェイクは言った。彼の手元にはどっしりとした色合いのガトーショコラに、これまたたっぷりとホイップクリームが添えられている。
四十を過ぎたら大変なことになると忠告してやりたくなる糖度だ。
「サム?」
「いや、何でもない」
「以前あなたは俺に言いましたよね? 雪が嫌いって。聞きたくないかもしれませんが、俺はビルといたときに色々聞かされた。だがそれはあくまでも彼視点の話だ。もちろんこの場であの事件の詳細を聞く気はこれっぽっちもないが、多少なりとも俺はビルに同情した。だから聞きたいんです。ちゃんと謝れました? って」
「……謝ったよ。汚い手を使って陥れて悪かったと」
「最低ですね」
「そう思われても仕方がない。当時の僕は自己保身のことしか考えていなかったから。それに今のビルに謝罪したところで、彼の大事な家族は戻って来ない。ビルもわかっていた。今日の面会は僕たちの過去の清算のためだ」
「清算……」
そう、清算だ。今回大規模な人的被害は出なかったといえ多数の建造物が爆破されたのも、何より命よりも大切なジェイクを巻きこんでしまったのも、すべてサム自身のせいだった。ジェイクの危機という痛手を負っただけで、事件の解決により評判を上げたサムに対して、ビルは重い罪を犯した。冗談でツテを使うと話したが、サムにその気はさらさらなかった。面会室での話は本音だ。
過去の事件に対しての謝罪はするが、今回の事件に関しては到底許せるものではない。サムは思う。ビルとのわだかまりは今後も解消されることはないだろうと。
「急に黙りこむなんてあなたらしくないですね」
ジェイクだ。彼の手元のケーキは手つかずのままだった。話を真剣に聞いていてくれたのだろう。
「……とにかく、君が無事に戻ってきてくれて何よりだよ」
「何度目ですか、この話。いい加減聞き飽きましたよ」
「うん……」
どうにも話したい内容がまとまらない。過去と現在の狭間でもがいている。この先、以前と同じような状況に陥ったら? 愚問だ。ジェイクにはビルとは違う感情を抱いている。ジェイクのためならばこの身を捧げても惜しくない。もっとも彼は嫌がるだろうが。
「何ほくそ笑んでるんですか。気持ち悪いですよ」
「いや、君が可愛くて仕方がないんだ」
「さっきの真面目な態度はどこ行ったんです? いっそ一回くらいブチこまれてみたらどうですか?」
「あいにく僕はトップ専門でね」
「真っ昼間からそういう話するんじゃねえよ!」
ジェイクは怒りを鎮めるように大口を開けてガトーショコラを平らげていく。口の端にホイップクリームが付こうがお構いなしだ。
自分のコーヒーを飲み干したサムは、愛しい相棒がティーンよろしくスイーツを口にする様子を恋人のような目線で楽しんだ。
「ところで警部補殿」
「何だい、ジェイク?」
「真面目な話、そろそろ休暇を取ったほうが良いですよ。ずっと働き詰めでしょう。ここよりも暖かい所――いっそLAにでも長期滞在したらいかがです?」
「ジョニーちゃんも来てくれる?」
「っ、外でその呼び方はやめてください。行くわけないでしょう。俺は俺で休み取ります。実家にでも戻ろうかな。NYよりもずっと北なのであなたには不向きですからね」
「馬鹿だなあ。僕はもう雪を嫌いだなんて思わないよ」
「え」
「ふふふ。遅めのバケーションをどこで取ろうかな。ジェイク、勘のいい君なら察しているだろうけれど、君の実家の住所はとっくに把握済みだからね」
「そ、そういうのを職権乱用って言うんだよ!」
――よかった。いつものジェイクだ。
サムはコーヒーをもう一口飲もうとして、とうに飲み干していたと気づき、つかの間の平穏を噛み締めた。
END
ともだちにシェアしよう!