67 / 452
第65話
楽しいと思ってしまった。
木崎と出掛けて、色んな店を見て、一緒にご飯を食べて、楽しいと思い始めていた。
木崎とだったら、一緒にいても良いんじゃないかと思った。
なぜか分からないけど、木崎の傍に居たいと思った。
木崎ならもしかしたら、俺と居ても大丈夫なんじゃないかと思った。
………でもそれは俺が一番思ってはいけないこと。
スリップ音と衝突音が響いて、俺は現実に引き戻された。
「すごい音だな。事故か?」
木崎は音のした方を向く。
…………事故。
その瞬間、ドクンと心臓が鳴る。
俺の頭の中にあの時の光景が浮かんだ。
目の前の赤一色とその中に横たわる人。
更に周りの叫び声が、あの時の光景を鮮明に呼び覚ます。
身体が震えて動かない。
呼吸が苦しい。
俺はその場に踞ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(秋哉side)
突然大通りからすごいスリップ音が聞こえてきた。
その瞬間、緋桜が踞ってしまった。
「緋桜!?」
俺は踞ってしまった緋桜を覗き込む。
見ると緋桜は胸を押さえてヒューヒューと苦しそうに呼吸をしていた。
「緋桜、どうした!?」
俺は緋桜の肩を掴んで呼び掛けるけど、緋桜から反応が返ってこなかった。
緋桜は変わらず苦しそうな呼吸を繰り返す。
………これって、過呼吸?
俺は周りに視線を向けた。
通行人は事故の方に気を取られてて、緋桜の様子には気付いていない。
それどころか、騒ぎを聞き付けてどんどん人が集まってくる。
……場所を変えた方がいいか。
そう思って俺は緋桜を連れて、人のいない建物の陰に移動した。
緋桜を座らせて様子を伺った。
緋桜は苦しそうに浅い呼吸を繰り返す、そんな緋桜を抱き締めた。
「大丈夫、落ち着いて」
そう言って俺は自分の呼吸に合わせて、緋桜の背中をポンポンと叩いた。
「大丈夫。大丈夫だから、ゆっくり息をして」
苦しさからか、緋桜の目から涙が溢れる。
「大丈夫、ゆっくりでいいから、俺の呼吸に合わせて」
そう言って俺は緋桜の背中を叩き続けた。
正直、この方法が正しいのかよく分からない。
でも俺は何とか緋桜を落ち着かせたくて、思い付いた方法を取った。
ゆっくりと緋桜の背中を叩いていると、次第に緋桜の呼吸が落ち着いてきた。
「そう、その調子。ゆっくり、ゆっくり」
「……き……さき………」
大分落ち着いてきた緋桜が俺の名前を呼ぶ。
緋桜と目が合って、俺は安堵から笑みが溢れた。
「もう大丈夫だから」
そう言って、俺は緋桜を抱き締めた。
ともだちにシェアしよう!