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第90話

言うつもりなんてなかった。 自分の中に仕舞い込んで、決して表には出さないつもりだった。 木崎に好きだと言われた瞬間、いとも簡単に溢れ出てきた。 俺はそれに抗うことが出来なかった。 「…………俺も……木崎が……好きだ……」 木崎の耳元で言ったから、木崎には届いてるはず。 それでも、木崎からの反応がなくて不安になった。 抱き合ってた体を少し離して木崎の顔を見ると、木崎はポカンと口を開けていた。 「………木崎?」 ポカンとしている木崎に声を掛けても反応がない。 しばらく木崎を眺めていると、木崎が何かボソッと呟いた。 「………………夢?」 「木崎?」 「…………そうだ、俺は夢を見てるんだ」 ………木崎は、何を言ってるんだろう? 「絶対そうだ、そうに違いない。じゃなきゃ緋桜が俺を好きだなんて言うはずがない」 ………もしかして、信じて貰えてない? 「木崎」 木崎はかなりテンパってるようで、俺の声が全く届いてない。 「木崎!」 俺はテンパってる木崎の両頬を叩いた。 それで木崎はハッと我に返る。 「……緋桜」 「…………夢じゃない」 俺はキッと木崎を睨みながら呟く。 「………確かに言った。俺は木崎が好きだ」 ………ヤバい、さっきは勢いで言ったけど、もう一度言うのはすごく恥ずかしい。 そう思って俺は木崎から目を逸らす。 そんな俺を木崎がもう一度抱き締めた。 不意に抱き締められて、俺は体が跳ねる。 もともと抱きかかえられてる状態だったけど、改めてもう一度抱き締められると、どうしていいか分からない。 「……木崎!?」 「本当に夢じゃないよな?確かに緋桜は俺のこと好きって言ったよな?」 そう言って、木崎はギュウと抱き締めてくる。 …………こんな感情、今まで知らなかった。 こんなにも人が愛しいと思うなんて、こうして触れ合えるのが嬉しいと思うなんて知らなかった。 「……うん、夢じゃない。俺は木崎が好きだよ」 そう言って、俺は木崎を抱き締め返した。

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