107 / 452
第104話
「あれ、どうしたんだ、こんな時間に?」
少し頭を冷やそうとリビングに向かうと、リビングには佐々木がいた。
もう仕事の時間は終わってるから、通常モードの喋り方だ。
「……ちょっとな」
そう言って俺はソファに座る。
「緋桜くんは?」
佐々木が紅茶を出しながら聞いてきた。
「寝てる」
「………なにかあったか?」
「別に」
そう答える俺に佐々木は呆れたようにため息をついた。
「それで誤魔化せると思ってるのか?」
そう言われて、俺は佐々木から視線を逸らして黙り込む。
「秋哉!」
佐々木に名前を呼ばれると俺は観念してため息を着くと、さっきの事を佐々木に話した。
「……お前、馬鹿だろ?」
俺の話を聞き終えた佐々木が、盛大にため息をついて言う。
俺も自覚してる分、反論出来ない。
「なんでそうなった?」
そう聞かれて、俺は口ごもってしまう。
「…………名前、呼ばれたから」
「は?」
聞き返されるとは思ってなくて、俺は下を見る。
「………『秋哉』って名前で呼ばれたんだ」
俺がそう言うと、佐々木はポカンとしてしまった。
「……………それだけ?」
「……………それだけ」
そう言うと、佐々木が今度は哀れむような目で見てくる。
「……………秋哉………お前………」
「言われなくても分かってる!!でも、あんな顔して名前呼ばれたら我慢出来なくなるだろ」
俺がそう言うと、佐々木はため息をついた。
「緋桜くんはそういう行為にトラウマを持ってる。それも人に触られるのが駄目になるほど……
お前はもっと慎重にならなきゃいけない、好きなら尚更だ」
いつになく真剣な目で言う佐々木に、俺は頷いた。
緋桜はあの事件以来、人に触られるのが駄目になった。
俺は触れるのを許されているけど、他は全くって言っていいほどだ。
緋桜は元々人を避けてたからな。
それを治そうと思うのは、かなり難しいかもしれない。
「……そういえば、佐々木のことはどうなんだ?」
「なにがだ?」
「緋桜だよ。佐々木とは普通に会話もするだろ?触るのはどうなんだ?」
「俺も駄目だよ。触るのは当然だけど、会話も俺から話しかければ答えてくれるけど、緋桜くんからは話しかけてこない」
そう言って、佐々木は寂しそうに笑った。
佐々木の気持ちは分かる、俺も緋桜に避けられたらすごく嫌だ。
佐々木は何気に緋桜のことを気に入ってるからな。
まぁ、その半分くらいは『心配』なんだろうけど。
緋桜はどことなく危なっかしいから。
…………緋桜の対人恐怖症、どうやったら治るかな?
「難しいと思うぞ?治ったとしても、それまでにかなりの時間が掛かると思う」
そう言う佐々木に俺は驚いた。
それは俺が思ってたことに、佐々木が返事を返してきたからだ。
たぶん『なんで?』という顔をしてたんだろう。
急に佐々木が笑いだした。
「なに、もしかして無意識だった?お前、声に出してたぞ?」
「え?」
ポカンとしてる俺に、佐々木は更に笑った。
「緋桜くんの対人恐怖症を治すのも大切だけど、その前にお前が緋桜くんにとって安心できる存在にならなきゃな」
そう言って佐々木は俺の頭を撫でてきた。
ともだちにシェアしよう!