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第230話

「……あんな母さんの顔、初めて…」 母さんがあんな心配そうな顔するなんて。 母さんはいつも無関心で、俺の事なんて見てなかった筈…… 「さっきからずっと、心配そうに緋桜の事を見てるよ」 そう言う秋哉を見ると、秋哉はニコッと笑う。 「ねぇ緋桜、今逃げたらここまで来た意味が無くなる。ここで逃げたら、もうお母さんと話せるチャンスなんて来ないかもしれない」 秋哉にそう言われて、俺はもう一度母さんを見た。 母さんに言いたい事は沢山あった。 ここに来るまで、色々考えてた。 でも母さんの顔を見たら、その考えてたことが全部消えて言葉が出てこなかった。 そんな俺に母さんと話すなんて…… そう思ってると、ポンと背中を叩かれた。 見ると秋哉がまた微笑む。 「大丈夫、ゆっくりでいい。上手く話そうなんて考えなくていいんだ。ゆっくり、今思ってることを話せばいい」 『大丈夫、緋桜なら出来るよ』と言って、秋哉は笑う。 ………俺の思ってること。 俺は母さんの顔を見る。 その顔はやっぱり心配そうで、そんな顔を俺がさせてると思うと悲しい。 もしかしたら、俺が見てなかっただけでいつもこんな顔をしてたんじゃないか。 そう思うと、他の言葉なんて出てこなかった。 「……ごめん、なさい…」 その言葉しか出てこなかった。 「…ごめんなさい…俺……」 俺はどれだけ母さんに迷惑を掛けたんだろう。 どれだけ母さんを悲しませたんだろう。 そう思うと涙が出た。 そんな俺の頬に何かが触れた。 気付くと母さんが目の前に居て、俺の頬にそっと手を添える。 「…もういいの、謝らなきゃいけないのはお母さんの方。あなたに辛い思いをさせてしまった、本当にごめんなさい」 そう言って母さんは俺の涙を指で拭ってくれるけど、そんな母さんも泣いていた。 母さんは俺に無関心だと思ってた。 俺は母さんに嫌われてると思ってた。 何でそんな事思ってたんだろう。 母さんはこんなにも気持ちを伝えてくれてたのに。 俺がそれを見ようとしてなかった。 「ごめんなさい」 俺は声になってたのかどうか分からない声で呟いた。 母さんは涙を拭って、ニコッと笑う。 「さぁ、いつまでもこんなとこに居ないで中に入りましょ」 そう言って俺の手を引いた。 俺も素直にそれに従った。 門を通って玄関に入る。 「お帰りなさい」 玄関に入ると母さんが俺にそう言った。 その瞬間、照れくさいようなくすぐったいような不思議な感覚に襲われた。 でもすごく温かい。 俺は自然と笑みが溢れた。 「……ただいま」

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