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第11話

 探偵になった気分で推理する。翔陽高校生のおよそ六割が電車通学で、そのうちの四割前後がこの駅を利用する。書き手を仮にXと呼ぶ。彼、それとも彼女は同級生のひとりで、通りすがりに胸にたぎる思いを吐き出していったのかもしれない。 「あ……先輩も」  莉音が上りのJR、秀帆は下りのJRから私鉄に乗り換えて学校に行く。試しに秀帆がチョークを走らせている場面を想像してみたものの、しっくりこない。そもそも(くだん)のメッセージじたい伝言板のいちばん高い位置を横に走り、秀帆の身長では背伸びしないと手が届かない点からいって、彼が書いたとは考えづらい。  そういえば、と思う。三神は陸上部の朝練に参加するため一般の生徒より早く登校する。Xの候補者たりうるわけだが、あいつは伝言板に真情を吐露するような行為をケッと嗤う側に立つタイプだ。  だいたい悪辣な手段を用いて下半身のリフレッシュ係──つまり莉音のことだ──を確保して(はばか)らない卑劣漢が、今さら正直もへったくれもないだろう。  ともあれスマートフォンを伝言板に翳してパチリ。新たな電車が到着して階段口付近が騒がしくなれば立ち去る潮時で、それでもシンパシーを感じたと伝えたい、伝えずにいられない。  鮮烈な印象を受けたメッセージと矢印で結んだうえで、強い筆圧で綴る。 〝本音と建前を上手に使い分けないと生存競争に負ける時代だから、激しく同感〟。  私鉄のホームへ走っていく間中、心臓が破裂しそうなくらいドキドキしっぱなしだった。リアクションがあったことに気づいたら、仮称Xは承認欲求が満たされたと笑みを浮かべるのだろうか。もしくは中二病がからんできたと感じて顔をしかめるのか。  緑雨にけぶる車窓の風景を眺めながら莉音は願った。今朝の出来事が気まぐれの産物じゃなくて、定期的にメッセージを書き残していってくれればいいのに。  伝言板に頭を占領されているうちに四時限目まで終わった。今日に限って友人たちは、 「悪ぃ、彼女と約束してる」 「俺も写真部の緊急ミーティング」  などの理由で昼休みになったとたん教室を飛び出した。ぼっち飯でみじめな思いをするより三神と一緒にテーブルを囲むほうがマシかもしれない。そう思ったものの、三神を誘う以前に当の本人は雲隠れしたあとだ。  とぼとぼと学食へ行くと雨降りなだけに普段の倍、混んでいる。ぽつんと空いている席はキャアキャアとさえずる女子のグループに包囲されていて、そんな恐ろしい場所でうどんをすする度胸はない。  トレイを手にカウンターのそばに突っ立ったままでいると、 「こっち、こっち、おいで」  秀帆が壁際の一角から手を振ってよこした。

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