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第13話
その秀帆が手放しがたい温もりを残して、身をもぎ離した。
「つまずいて、みっともないな」
「ドジったの、記憶から削除しときました」
声にならない声が紡ぐ。役得と素直に喜ぶ段階を通り越して過度のスキンシップは拷問ですよ、先輩。
折りしも三神がぶすくれて踵 を返した。じゃれ合っているだけ、と頭では理解しても感情は別だ。図らずも莉音が秀帆を抱き寄せ(ひがみ根性で曇った目にはそう映った)る場面を目撃してしまい、ムカついて仕方がない。
いそいそと、本人の感覚的にはちんたら歩いて届けにきた四川風味の唐揚げドッグが、それを持つ手に無意識のうちに力が入ってひしゃげる。莉音が以前、幸せそうにぱくついていたさまが強烈な印象を残した。あの表情 をもういちど拝みたい一心で四限目終了のチャイムが鳴ると同時に購買部へダッシュして、さらに熾烈な争奪戦を制して獲得したのだが、ざまあない。
腹いせに次回はイキそうになるたびペニスを握りしめて、あいつが泣いてせがむまで焦らし抜いてやろう。
などと、三神がいやらしい手つきで唐揚げドッグを撫でたせつな莉音はすさまじい悪寒に襲われた。秀帆が改めて腰をあげるのにともなって重みが薄れ、それで我に返り、ひらひらと手を振った。
「土曜日、いちおう楽しみです」
幼いころのクリスマスがそうだったように、週末になるのが待ち遠しい。ところが疑似デートへの誘い、という幸運が舞い込んでくるとともに別の悩みが生じた。それはコーディネイト問題だ。
箪笥を引っかき回したすえ、ボーダーTとダメージ加工のジーンズの無難な線に落ち着いた。その一方で、街の到る所が壁で遮断されて全体が迷宮と化して待ち合わせの場所にどうしてもたどり着けない、という悪夢にうなされて夜な夜な飛び起きる。
日増しにやつれていくようななかにも、うれしい出来事があった。仮称Xと名づけた人物から、伝言板を介して返事が届いたのだ。
〝同感さんへ。嘘も方便、閉鎖社会におけるサバイバル術だ。ただし嘘を重ねたツケはいずれ思いがけない形で回ってくるから、ご注意のほどを〟。
幾通りもの解釈が成り立つそれを読んで、ツケ、と莉音は呟いた。自爆覚悟で告るのを無期限で先送りにしているのをツケが溜まっていくと表現するなら、まとめてそれを、言い換えれば代償を払う日が訪れるのだろうか。
だが気持ちを封印しておく限りフラれる心配はない。現状維持を望んでもバチは当たらない、と思う。
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