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第15話

 そこで布地選びに話は戻る。ただ、手芸用品のデパートだけあって、よりどりみどりで逆に迷う。 「先輩、下から二段目のミントグリーンのやつなんか、爽やかでよくないですか」 「爽やかすぎて、渋めの色合いでまとめた表布との調和がとれないんじゃないかな」  計り売りの布地の、それのロールがうずたかく積まれたコーナーを行ったり来たりしているうちに、ダーツを投げて刺さったやつに決めちゃえ、という気分になってくる。莉音はカッターと物差しの機能を兼ね備えた台に、がっくりと両手をついた。 「ペイズリーと水玉模様とストライプが乱舞して目がチカチカします。休憩したい、しましょうよ、ブラック部活反対!」 「をつけるまで我慢、我慢」  駄々をこねる子どもを病院へ連れていくノリで、秀帆が手をつないできた。  秀帆が莉音にふざけて抱きつく、秀帆が莉音に寄りかかって微睡む。曲がりなりにも免疫ができたそういう類いの接触と、手をつなぐ行為には大きな隔たりがある。なぜならカップルっぽい雰囲気がそこはかとなく漂うぶん、恋の病を患う身には刺激が強い。  第一、三神のあれをしごいた手で秀帆の手を握り返すなんて、純白の壁に泥を塗りたくるようなもの。  莉音は、うろたえたがゆえに荒々しく手を払いのけた。勢いあまって眼鏡を()ぐ形になり、見ればツルが耳にかろうじて引っかかっている。 「す、すみません。レンズが割れたりとかしてませんか」 「衝撃に強い特殊加工のだから平気だよ」  と、やわらかく微笑んで眼鏡を外しついでにレンズを磨く。  ふだんはフレームで縁取られているのも相まって、目許があらわになると印象がガラリと変わる。反則だ、と呟きが洩れるほどに。  殊に近視の人に特有の、焦点が微妙にぶれる眼差しは曲者だ。ポリグラフ──通称・嘘発見器さながら真実を炙り出す威力を秘めているようだ。  ぎりぎりのところで隠しおおせている恋心を見破られかねない。  莉音はキャップのツバを目深に押し下げた。おれの目は現在(いま)、好き好きビームを大量に発射しているに違いない、と思う。だが〝恋愛にまったく興味がない人種〟の心を刺し貫くどころか跳ね返されて、恋わずらいが次のステージへと進む代物(しろもの)だ。  隣の売り場は季節商品を扱っていて、中でも浴衣の生地が陳列台にずらりと並ぶ。見本の浴衣をまとった男性型のマネキンを眺めやると、魂が肉体を離れて夢の世界をさまようだ。とりわけ夏祭りの夜を。  秀帆とつれだって屋台巡りをしている場面が、チェリーピンクを背景色に頭の中で展開される。  ──先輩、唇に青のりがへばりついてます。  ──恥ずかしいな、取ってくれる?  焼きそばを食べる流れに持っていきさえすれば、空想は空想のままで終わらない……。

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