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第16話
「おーい、立ったまま寝落ちしていない?」
ななめ掛けにしたボディバッグを引っぱられた。莉音はまばたきひとつ、そして苦しまぎれにマネキンを指さした。
「裏布なんですけど藍染めの浴衣は使えませんか。箪笥に眠ってるのを寄付してもらって、ほどいて、一枚に縫いなおして」
「浴衣か……面白いアイディアだね」
秀帆はフードの紐をいじりながら、
「当初の予定通り新品の布を使うほうが楽ちんで、でも持ち腐れ的な浴衣を生かすのはリユースの面で意義があるし」
単独の会議を行い、受験生にさらなる負担がかかるというデメリットについても秤にかけるような間を置いた。やがて大きくうなずき、にっこり笑った。
「集まりすぎても困るから先着五枚くらいに限定したほうがいいね」
早速それぞれのクラスのグループLINEで協力を仰ぐと、
〝浴衣って何、おまえが着んの? 脱がせる手伝いならしてやるけど?〟。
三神が真っ先にたわけたことを聞いてきたので、むろん既読スルーを込め込んだ。
「方針も決まったことだし、どこかで遊んでいこうか。浅倉は場所の希望はある?」
遊ぶ、と鸚鵡返 しに呟く間もスマートフォンがぽこんぽこんと自己主張を繰り返す。
〝シカトこくな、つか、今どこだ。おまえの貯精率百パー超えたんじゃねえの〟。
とりわけ三神からのものが鬱陶しいので通知をオフにした。莉音は踊り狂う心臓の上を押さえると、小首をかしげ気味に見上げてくる秀帆を見つめ返した。ビルの入り口で現地解散を告げられるとなかば覚悟していたのに、おれのためにこれ以上時間を割いてくれる? ぼうっとなって、うわ言のように列挙した。
「カラオケ、ボウリング、ゲーセン……」
「苦手なもののオンパレードだ。先輩いじりなんかして、生意気だぞ」
わざとむくれてみせるさまが可愛いと、ついデレデレしたのはさておいて。休日の昼下がりの繁華街、と三拍子そろっていればカップルを狙って投網をかけると大漁旗が翻るようだ。
莉音は秀帆と共にひとまず通りをぶらつきながら、カップルとすれ違うたび羨んでしまう自分をさもしいと感じた。棚ぼた式に突入した疑似デートを楽しみたくても夢から醒めたときが怖い──そう思う。
陽射しは強く、大きさの異なるふたつの影法師が舗道に伸びる。時に重なり合い、時に離ればなれになって、縮まりそうで縮まらない心の距離を表しているようだ。
繁華街を外れて橋を渡った。行く手の一角は緑したたる木々に囲まれていて、清 やかなたたずまいに誘われて足がそちらへ向いた。ゆるやかな坂道の途中にぽっかりと開けたそこは郷土資料館が併設されている市民公園で、
「ばったり会えたらラッキーの移動販売のアイスクリームが絶品なんだ。今日は来てるかな、来てるといいな」
と、舌なめずりするような口調で言うと、秀帆はカンガルーポケットに手を突っ込んで車止めを跨いだ。
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