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第17話

 すっくと花穂(かすい)を伸ばすルピナスや、清楚なゼラニウムが花壇を彩り、空気はほんのりと甘い。妖精を(かたど)った水盤で野鳥が羽を休め、蝶が花から花へと舞い、群れ咲くシバザクラが遊歩道の両側を薄紅色に染めて、お伽噺の一場面のようだ。  写生を楽しむ日曜画家や、ベビーカーを押してのんびり歩く親子づれを見かける程度で、穴場的デートスポットだ。莉音は浮かれて妙なことを口走るなよ、と自分にぶっとい釘を刺した。 「あれを設計した建築家は城マニアかもね」 「言えてます。趣味、入り放題」  遊歩道は中ほどで二股に分かれ、ちろちろと揺らめく木洩れ陽に導かれて右手のルートをたどると、天守閣を模した建物が現れる。奇天烈さに誰もが面食らうそれが、資料館だ。しかも薔薇のアーチが手前に設えられていて、あまりのミスマッチぶりに時空がゆがんで見える謎空間だ。  南国風の造りの四阿(あずまや)が資料館の傍らに控えるに至っては、もはやカオスだ。  擬木のベンチに並んで腰かけると急激に緊張感が増し、莉音はキャップを脱いで揉みしだいた。会話の糸口が摑めないときは、普段はどの方面から展開していたっけ? ふたご座は昨日がラッキーデイで、ということは今日の運勢は下のほうのはず。なのにツキまくり。うたかたの幸せに酔いしれているさなか古今東西、誰しもが願ってきたことを、願う。  夢心地を味わっているこの瞬間に、時間が停まりますように……。  と、秀帆がトーク画面を表示させたスマートフォンをこちらへ向けた。 「うちのクラスの女子が『昔の浴衣あるよ、あとで画像送るね』だって」 「目標枚数、すぐ集まりそうですね」  秀帆は相槌を打つはしから、顔をくしゃくしゃにして欠伸をした。 「でっかい欠伸。顎が外れませんでした?」  レアな変顔まで拝めたのもラッキーだ。 「受験勉強で夜更かしして寝不足とか」 「問題集のノルマをこなすのに、ちょっとね」 「志望校はどこでしたっけ」  知らないふりをしてみせたが、さる筋を通じて、指定校推薦枠で隣県の大学を狙っているとの情報くらいとっくに摑んでいる。誕生日や血液型はもとより、想い人のことならどんな些細なことでも知りたいと望むのは当然の心理だ。ストレートに訊いて駄目ならカマをかけたりもする。片思い中の人間は、ある意味、策謀家なのだ。  ✕✕大学の環境学科、との答えが返ってきて情報の正しさが裏付けられた。莉音はにんまりして、LINEの通知をオンに戻した。浴衣の提供者が他にもいないか確かめるためにそうしたのだが、またもや三神が水を差してくれる。 〝おかん夜勤、歯ブラシとパンツ持参な〟。  三神はひとり親家庭で育ち、彼の母親は看護師とのこと。気兼ねがいらないから泊まりにこい、という誘い……もといエロ三昧の相手を務めるよう暗に脅しているのだ。

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