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第18話

 心の中でアッカンベをしてやった折も折、 「このあいだ浅倉をさらっていった男子がいたよね、ユニフォーム姿の、背が高い。彼は何くんて言うの?」  寿命が縮む不意討ちを食らった。莉音は唇を舐めて湿らせてから、なるべく平板な口調で応じた。 「三神、です。非常識なやつですみません」 「べつに怒ってるわけじゃないから。ただね、三神くんくらいタッパがあるとファッションの選択肢が増えるだろうな、って思い出し笑の親戚の、思い出し羨ましさに駆られた」    ごにょごにょと語尾を濁すと、当人は(はなは)だ不本意だろうが、愛くるしさを引き立てるフードをばたつかせる。  莉音はキャップをかぶりなおすとツバを押し下げた。見解の相違で、小柄な点も含めて〝立花秀帆〟を構成するすべての要素が好ましい。常々そう思っている、というより恋する者の目に想い人の欠点は映らない。なので身ぶり手ぶりを交えて力説した。 「ウドの大木って言うじゃないですか。性格も頭の出来も顔も、先輩のほうが三神の何倍もイケてる」  三神はイチモツも無駄に立派だが、そいつへのサービスを強要する下種。うっかり付け加えそうになって、笑ってごまかす。マニアックなことに詳しい、と素朴な疑問を呈されたときはバツが悪いどころの騒ぎではない。  秀帆はまじまじと見つめ返してきたあとで噴き出した。 「僕につれ回されてもにこにこしてるのに、三神くんには辛辣なんだね。慰めてくれて、ありがとう」  照れ臭げに眼鏡をひといじりすると、大きく伸びをした。そして、しんみりと言葉を継ぐ。 「浅倉とまったりできるのは実質、文化祭までか。僕が引退したあとの部を頼むね」  錐で突かれたような痛みが胸を走った。莉音はむこうずねを這いのぼってきた蟻を払い落とすふうを装って、うつむいた。  デイトレーダーの上にも、イヌイットの上にも時は平等に流れて、且つ無情だ。布地売り場を一緒に見て回ったことさえ、もはや過去の一ページ。  秀帆にしても大学生活がスタートすれば忙しさに取りまぎれて、一後輩のことなど頭の隅っこに押しやってしまうかもしれない。帰省してきたさいに街角でばったり会っても「誰だっけ?」と戸惑った表情を浮かべるかもしれない。  ケヤキが四阿の屋根に枝を差しかけて、さやさやと葉擦れが歌う。それが挽歌のように物悲しく耳朶を打つぶんも、大げさに全身を震わせてみせた。 「ドサクサにまぎれて、おれを次期部長に指名したでしょ。廃部すれすれのポンコツ手芸部の未来はきみの双肩にかかってる、ですか。重いわあ」 「浅倉はデキる子、大丈夫」  秀帆は笑みを深めるそばから真顔になった。足下の砂利をサイズ別に爪先でより分けながら問わず語りにつづける。 「受験生特有の現実逃避かな、友だち連中がそろって彼女を欲しがって。LGBTの派生形のA、無性愛者を意味するアセクシュアルの僕に『立花も欲しいよな』みたいな圧をかけてきて日本人はつくづく横並びが好きな民族だね……って、駄目だなあメンタルが弱ってる。また愚痴っちゃったね」 「先輩は将来、酔っぱらってクダ? とかを巻くタイプかもですね」  莉音は軽く返した。その実、ぼやくのは心を許してくれている証拠に思えて頬が紅潮して仕方がない。

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