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第19話

 レンズの奥の双眸が、宇宙の真理を探求したいと望んでいるような真剣みを帯びた。 「感情にいろんな種類があるなかで、何を根拠に恋と定義づけするんだろうね」 「根拠と言われても……哲学の授業ですか」  若輩者には超がつく難問で、しかも研ぎ澄まされたナイフ並みの切れ味を有する。そこに答えが書かれている、というように空を仰いで時間を稼ぐ。じわじわと嫌な汗がにじみ、そのくせ寒気がした。  秀帆が実は秘めやかな想いに薄々感づいていて、こちらを試す目的で意図的に核心に切り込んできたのだとしたら、どうやってはぐらかすのが正解だ?  深読みしすぎだ。そう自分をたしなめて、キャップを後ろ前にずらす。先輩に限って罠にかけるような真似をするはずがない。  だいたい莉音自身、キューピッドの矢でハートを射貫かれた時点では天と地がひっくり返ったくらいうろたえまくった。人生双六の、 〝高校に入学した翌週、先輩男子に一目惚れする〟。  こう書いてあるマス目に止まる星の(もと)に生まれたなんて夢想だにしなかった。  一目惚れしたと思ったのはただの錯覚、気さくな先輩に対するファン心理を恋情と履き違えているにすぎない。などと努めて冷静に分析しても、秀帆と校舎のどこかで偶然会ったときの胸の高鳴りが、悪あがきするのは見苦しい、と諭してくる。根拠云々と堅苦しいことはさておいて、暴れ馬のように制御できない感情が恋だ。  そう持論を展開して、経験に基づいているのか、と問われたら藪蛇になる。莉音は当たり障りのない答えをひねり出すべく頭を悩ませ、それにしても不自然な間があいた。なおさら焦り、この問題は宿題にしてもらおうと思った瞬間、燦然と輝いて見えた一文が瞼の裏に甦った。 〝自分を殺して群れるより、孤立しても己に正直でありたい〟。  こう書き綴った仮称Xなら恋がらみの話題が出た機に乗じて、思いの丈を打ち明ける方向へシフトチェンジするのかもしれない。莉音にしても告るチャンス到来、と出たとこ勝負に賭けてみる局面を迎えたのかもしれない。  芽生えたが最後、刈っても刈ってもはびこる蔦葛(つたかずら)さながら劣悪な環境の下でもはびこる蔓植物さながら、好きな人の笑顔を養分にすくすく育って心を占領するものの種子が、即ち恋です。おれの中にそれを蒔いたのは先輩です──と。  勇を鼓して上体をひねり、秀帆をまっすぐ見つめた。瞬殺の目に遭うのは織り込みずみで、ファイトだ、おれ、めげるな、おれ。 「先輩、あの……」  舌がもつれて後がつづかない。おまけに握りのついた鐘を振り鳴らしながら、自転車が近づいてきた。クーラーボックスを荷台に積んでいて、あれが遭遇するか否かは運次第のアイスクリーム屋だ。

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