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第20話

 秀帆が、ぴょんと立ちあがった。 「来た来た。つき合ってくれたお礼に、おごるよ」  莉音は横倒しになる恰好で崩れ落ちた。人がなけなしの勇気を振りしぼったときに邪魔立てしてくれたアイスクリーム屋が、憎い。それ以上に愚図ったらしい自分を蹴飛ばしてやりたい。  恨みがましい視線の先でアイスクリーム屋はヘラを巧みに操る。クリームをひと掬い、ひと掬い、折り重なった花びらを表現するふうに、ふんわりとコーンに盛りつけていく。  のろのろと起き直って大きなため息をついた。衝動的に告っていた場合はケンもホロロにあしらわれるの怖さに一目散に逃げていたはず。早まった真似をしなくて懸命だった。手汗にまみれた掌をジーンズになすりつけたところに秀帆が戻ってきた。 「バニラとメロンの二択なんだよね。好きなほうを選んで」 「あっ、じゃあメロンを」  木のスプーンでアイスクリームをこそげて口に運ぶと笑みがこぼれた。昔ながらのオムライスに相通じる素朴な味わいだ。 「昭和レトロな美味しさですね」 「だよね、程よく濃厚で安心のクオリティ」  と、舌鼓を打ちつつメロン味も捨てがたい様子だ。ちらちらと手許に横眼を流してくる。  莉音は迷った。ただの友だちが相手なら、 「取り換えっこする?」  と言えばすむ場面だが、秀帆に対してはためらいが先に立つ。そこで何気なくコーンを反対の手に持ち替えると、期せずして秀帆のほうへ向ける形になり、彼が顔を寄せてきた。  まさか、あ~んの催促? どきりとして、それでも釣られてスプーンを差し出すそばから迎えにくる。唇の上下で挟んで舐め取ったた痕が、ぼやけたオレンジ色の上にうっすらとつく。それは視覚へ強烈に訴えかけてくるとともに、檻に閉じ込めた獲物を極限状態の渇きで苛むような光景だ。 「両方食べられて得した気分だなあ」  屈託のない笑顔を向けられると、かえって神経がささくれ立つようだ。切なさと苛立たしさをない交ぜに、指に力が入った。スプーンがコーンを突き破り、どろりとアイスクリームが垂れる。  精神(こころ)に蛇口を取りつけて、ひねったら、熟しきった恋情が迸るのだろうか。  莉音はスプーンを太陽に翳した。秀帆の唾液が微量ついているはずのこれを家に持ち帰った日には、立派に変態の仲間入りだ。だが、よくよく考えてみると曲がりなりにも間接キスの恩恵に浴したわけで、記念品をせしめてもバチは当たらない、とヤケクソ気味に思う。  そう、間接キス……。ぽ、ぽ、ぽ、と血液が沸騰して顔が真っ赤だ。今日はキャップが大活躍だ、と思う。脱げる寸前までツバを押し下げて、ゆるみきった口許を隠した。

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