21 / 116

第21話

 その後、予備校の自習室に寄っていくという秀帆と駅前で別れた。気がつくとフローリングに寝そべっていて、西日がまばゆい。ゲーム機のコントローラーがテレビの横に転がっていて、壁にはジャケット買いをしたレコード。要するに、ここは自分の部屋だ。帰巣本能が四肢を操り、考え事をしているうちに家に帰り着いていた。 「盛り沢山で、疲れた……」    床は、ひんやりして心地よい。腹這いに寝返りを打って火照りを覚ます。その間も「舐めさせて」「はい、どうぞ」と、うれし恥ずかしの演出を加えたうえでサクランボのような唇がスプーンに触れた場面が頭の中でリピートされつづけて、駄目だ、水を浴びてこよう。  跳ね起きた拍子に甘ったるい匂いが鼻をついた。ボーダーTの裾がぽつりと赤っぽいのは、アイスクリームの雫だ。かき乱され放題に気持ちをかき乱された証しだ。  むしゃくしゃするあまり脱いで壁に叩きつけると、間抜けな音を立てて落ち、クラゲの死骸のようにべたりと広がった。  無意識に翻弄してくれる秀帆が恨めしくて、だが恋しさが勝るのだ。スマートフォンを操作した。被写体は秀帆オンリーの傑作選──盗撮コレクションともいうが──を眺めてほっこりするつもりで、なのに別の画像を拡大していた。  前世紀の遺物が表舞台に返り咲いたような伝言板を写したものだ。〝✕月✕日 鳳凰号ラストラン撮り鉄集合〟といったマニア性の強いもの以上に、毛色の変わったメッセージを発信しつづける仮称Xによる最新のそれだ。 〝たった一本のマッチが漆黒の闇を歩む間の道しるべ〟。 「マッチが一本……」  呟き、このメッセージに向けてシャッターボタンを押したときの心情を思い返す。マッチはあっという間に燃え尽きてしまっても夜の底にうずくまっているときには紅蓮の炎さながら赤々と行く手を照らしてくれる──。  メッセージを読み解くと、強力な味方が現れたように感じられたのだ。  ローテーブルの上にパッチワークの道具を広げた。文化祭を以て手芸部を去る秀帆とひとつの作品に携わる最初で最後の機会なのだから、ベストを尽くしたい。膨大な数のピースを縫い合わせて一情景を描き出す合作のタペストリーは、莉音にとっては立派な愛の結晶だ。 「先輩のためならエンヤコラ」  口ずさみながら針に糸を通す。献身的にふるまうさまは健気という次元を通り越してキモいかもしれない。それでも秀帆と共にすごす一瞬、一瞬のきらめきをよりどころにもう少しあがいてみよう。  想いが報われることはないとわかっていても、恋しきったという達成感を得られる日まで。

ともだちにシェアしよう!