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第3章 恋は茜色

    第3章 恋は茜色  五時限目とは、授業終了のチャイムが鳴るまで睡魔との闘いに終始する拷問タイムである。 莉音はほぼ毎日そう思い、今日も今日とて数学の教科書の陰で欠伸を嚙み殺した。  寝落ち防止に渦巻き模様をノートに書き連ねるのは逆効果で、眼前で指をくるくる回されると催眠術にかかった状態に陥るトンボのように、ふっと意識が遠のく。  寝しなに、ひとりエッチに耽ったのがマズかった。生理的欲求を満たすのは体調管理のうちで、ただしオカズに問題があった。棚ぼた式に賜った間接キスに顰蹙ものの脚色をほどこして致してしまい、良心の呵責というやつに苛まれて熟睡できなかった。  たかが間接キス、されど間接キス。  秀帆という付加価値がつくと納豆ご飯が、一流料亭の懐石料理へとグレードアップするようなものだ。歴代のオカズの中でも断トツで、殿堂入りするのは間違いない。  だが罪悪感のほうも桁外れなわけで、校舎のどこかで秀帆を見かけしだい、すっ飛んでいって土下座するようだ。  と、教師とまともに目が合い、あわてて顔を伏せた。もっともフラグが立った以上、次回の授業では確実に当たる。三神を含めて、黒板に張りついてややこしい文章問題と格闘している最中のクラスメイトは、十数時間後の自分の姿だ。  憂鬱の種がまたひとつ増えた。ため息交じりに黒板を見やって、ふと思う。三神は図体も態度もデカいわりに字はきれいだ。難を言えば〝と〟の曲線部分が丸みに欠けていて……なぜだか、その特徴に既視感を覚えた。  莉音はデ・ジャ・ヴュの正体を突き止めるべく〝と〟に瞳を凝らした。ところが記憶を掘り起こせば掘り起こすほど古い地層に埋もれてしまい、歯がゆさがつのる。  クラスメイトといえども板書や学級日誌を除けば肉筆を目にすることは稀だ。ノートの貸し借りをするような、健全な仲ではない莉音と三神の場合はなおさらだ。  結局、はっきりした像を結ぶ前に、 「全員、席に戻って。答え合わせをするぞ」  教師がタイムアップを宣告して、消化不良の気分にもどかしさだけが残った。  三神の席は莉音の斜め後ろだ。傍らをすり抜けていきざま、さりげなく首筋を撫であげていった。今日中にセフレ──正しくはもどきだが──の務めを果たしてもらう、と匂わせる(みだ)りがわしい手つきで。  莉音は肩越しに振り向くと、三神に鋭い一瞥をくれた。立花先輩に片思いしていることを本人にチクるぞ云々、なるものを事あるごとにちらつかせる下種は、いわゆる塩対応であしらうに限るのだ。

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