23 / 116

第23話

 終礼がすむと、わりと仲のよい女子から手さげ袋を渡された。〝求む・藍染めの浴衣〟に応じて持ってきてくれたもので、防虫剤の樟脳の匂いが染みついているのが艶消しだが、藍色も冴え冴えと上等の品だ。 「柄が彼岸花って、シブ可愛いね。おばあさんがギャルだったころ着ていたんだっけ? 助かる、ありがたく使わせてもらうね」 「おばあちゃん、喜んでたよ。しまいっぱなしだったものが若い子の役に立ってうれしい、浴衣がどんなふうにリメイクされたのか文化祭で拝見するのが楽しみだって」 「プレッシャーが半端ないわあ」  莉音は大げさによろけてみせた。責任重大な反面、やりがいを感じる。早速、秀帆に見せにいこう。予備校の受講スケジュールからいって今日はみっちり活動していけるはずで、骨董的流行語のルンルンのリズムに乗って家庭科室へと急ぐ。  ところが渡り廊下の中ほどに差しかかったとき軽やかな足音が背後に迫り、産毛が逆立った。  咄嗟に足を速めたのも虚しく、リュックサックを引っぱられて蹈鞴(たたら)を踏む。あたかも巣穴に逃げ込みそこねたプレーリードッグが肉食獣に飛びかかられた図、だ。通称・第二校舎、即ち特別教室棟を目前にして三神に捕まるとは無念。 「愛しのせんぱーい、ただいま参上つかまつりますう──か、キモいな」 「ほっとけ。そっちこそ陸上部の部室は反対方向でしょうが、何、迷子ってんの」  と、素っ気なくやり返しざま荒っぽく三神を押しのけ、しかし彼はがっちりと肩に腕を回してきて、うっすら嗤った。 「おまえの、あれな。皮をむいてやりたい気分だからつき合うだろ?」 「おれのは皮をかぶってるうちに入らない!……コホン、本日は諸般の事情により意向に沿いかねます、悪しからず」  夏服への移行期間だ。三神は早くも半袖のシャツと薄手のスラックスをまとって、細マッチョな躰の線が浮き立つ装いだ。一方、莉音は腕まくりこそしているものの長袖のシャツの上にベストを着て、ネクタイも締めている。  そのネクタイを手綱をなぞらえたように引き寄せられたところで、囁き声が耳をくすぐった。 「逆らえる立場でしょうかね、」  生殺与奪の権を握っているのは俺、とネクタイをねじってほのめかす。  カッとなって引きちぎる勢いでネクタイを抜き取った。そして中指を突き立てて返した。  バレーボール部はネットを張り、演劇部は発声練習をはじめる。校内のどこもかしこも放課後の活気に満ちあふれて、色に喩えると(みず)やかなオレンジ色。それに引きかえ、どす黒い霧が立ち込めているような廊下の片隅でひそひそと言い争う。 「とにかく気分じゃないし、わきまえろって感じ」 「とか言って、いじられるの好きなくせに」  舌なめずりするさまを見せつけられると、下腹(したばら)が浅ましく疼く。貞操観念の面から言えば秀帆に対する裏切り行為なのは別として、三神曰く「ウインウインの関係」には、それなりの利点がある。正直な話、ひとりエッチで得られるものとは違った快感が味わえる。  だが今は何を措いても家庭科室へゴー、だ。

ともだちにシェアしよう!