24 / 116

第24話

 なのでバスケットボールの、敵ディフェンスをかわす要領で身を翻した。ところが三神をだしぬいて第二校舎に逃れるどころか、動きを読まれていて通せんぼしてくれる。莉音が右にずれると三神は鏡像のごとく左にずれるという調子で、根負けして「うん」というまで、いたぶりつづけるつもりに違いない。  黒目がちの目をぎらつかせて、にやにや顔を()めあげた。 「小学生レベルで邪魔して、ウザ。どけよ」 「廊下はみんなのもの。歩くのも走るのも、おまえとじゃれるのも俺の勝手」  ぬけぬけとほざいてよこすに至って拳を固めた。こいつ、マジに殴って強行突破を図る。  ところで恋わずらいが悪化するにつれて第六感が発達する。想い人が半径十数メートルの圏内に接近すると、特殊なレーダーが察知するのだ。  渡り廊下の両側には腰窓が等間隔に設けられていて、吹奏楽部のサックス奏者が中庭で自主練に励むといった景色を眼下に眺めやる。秀帆の姿が、その矩形に切り取られた視界を今しもよぎった。  莉音は開いている窓に飛びついた。そこだけスポットライトが当たっているように浮きあがって見える人影は第二校舎の角に達したところで、右へ曲がって出入口のほうへ行くだろうという予測を裏切って道なりに進む。それは別館の美術室へ通じるルートだ。  窓から身を乗り出した。美術室のそばには記念碑が建っていて、何代か前の卒業生が台座の横の地面にハート形の水晶をこっそり埋めた、と語り継がれている。  ご利益があると、まことしやかに囁かれているそこは、翔陽高校きっての〝告白〟スポットだ。  三神を突き飛ばすのももどかしく第二校舎に駆け込み、階段を駆け下りる。なおもスピードをあげて上履きのまま中庭を突っ切った。リュックサックをゆさゆさ揺らして、手さげ袋をぶんぶん振って一路、美術室をめざす。  好奇心、猫を殺す。そんな格言をひょっこり思い出しても石畳風の小道を突き進む。不吉な予感が当たって誰かが秀帆に告る現場に行き合わせたうえ、見とがめられたさいは頭を丸めて出家するようだ。顰蹙を買うより恐ろしいのは……。  アロマンティック・アセクシュアルを自認する秀帆に限ってありえないと思いたいが、万万が一OKする場面を目撃する羽目に陥ったら、たちまち世界は闇に閉ざされる。  全身を押し包む濃度の高いそれは、仮称Xのメッセージにあったマッチ一本では、指先さえほの明るむことのない真の闇だ。  莉音はハッと身を強張らせた。記念碑に遮られた向こう側で、ぼそぼそと話し声がしたのだ。  耳をそばだててみて初めて会話の断片が鼓膜を震わせる程度だが、それでも片方は女子で、もう片方の声の主は秀帆だと確信を抱いた。

ともだちにシェアしよう!