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第25話

 秀帆が向かった先は美術室かもしれない。その可能性に賭けていたものの、希望的観測はやはり希望的観測にすぎなかった。どことなく緊迫した雰囲気が醸し出されるあたり案の定、告白劇が進行中だ。  莉音はしずしずと(きびす)を返し、ひとまず美術室の陰に隠れた。両手を組んで額を押し当てて、うつむく。そして敬虔な信者以上に一心に祈る。  どうか、どうか、気まぐれの虫が秀帆にとり憑くとかして、うっかりほだされませんように。〝告白のメッカ〟という磁場の力が働いてカップル誕生なんて、どんでん返しが起きませんように……。  莉音の足下で、ひっくり返ったダンゴムシがもがく。片恋の沼にはまってジタバタするさまを連想させる眺めだった。 「俺をおっぽり出して、こんなとこで何、ぶつぶつ言ってるんだ」  むにゅ、と頬に指がめり込んだ。自分の世界に完全に没入していたせいで驚いたなんてものじゃない。莉音は、垂直跳びの記録を測定するときを上回るジャンプ力を発揮して飛びあがった。  そのはずみに出窓の底に頭をぶつけて、うずくまる。上目を使い、ふて腐れた顔を見いだすと、たんこぶができかけている箇所がよけいズキズキした。気配を殺していつの間にか迫り寄ってきているとは、忍者の末裔か、三神は。 「追いかけてくるとか、しつこい」 「話の途中で逃げるからだろうが」 「陸上部の顧問は遅刻に厳しいって? ペナルティ覚悟でほっつき歩くとか余裕じゃん」 「それな。今度の日曜、市営グラウンドで競技会がある。応援に来ること、絶対な」 「無理、バイトがある」  すげなく断って記念碑へと視線を戻した。それで引き下がるどころか、おんぶオバケさながら背中にかぶさってこられると、リュックサック諸共ぺちゃんこになるようだ。 「暑苦しい、重いぃ」 「喜んで競技場に馳せ参じます……復唱すれば、どいてやる」  と、いう調子でのすったもんだ中に、 「好意に好意で応えなきゃいけない義務があるのかな。オブラートで包んでもエゴ丸出しだよ ね」  風の悪戯も相まって語勢を強めたくだりが、はっきり聞こえた。  莉音は思わず三神と顔を見合わせた。ニベもないあしらいっぷりは、さしずめ塩対応の百倍強烈なジョロキア対応だ。  記念碑のあちら側でカンシャク玉が破裂したように乾いた音が、こだました。ひと呼吸おいてタータンチェックのスカートが翻り、剣突を食らった相手が駆けだすさまがちらりと見えた。  莉音は三神を這いつくばらせるが早いか、自分も四つん這いになった。コンタクトレンズを落としたので探しています、僕らは誓って盗み聞きなんかしていません──即興でそれらしき場面を演じて、乱れた足音が中庭のほうへ遠ざかっていくのを待つ。

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