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第4章 恋は菫色

    第4章 恋は菫色    体操着姿の集団が、ぞろぞろと登山道をのぼっていく。彼ら、彼女たちは翔陽高校の生徒だ。毎年六月の第一週に近郊の山の麓に勢ぞろいして移動をはじめるさまは、ハーメルンの笛吹き男に操られているようで壮観だ。  かったるい、球技大会に変更しろ、任意参加制を導入すべきだ──等々。  不満の声は学校側が存続理由に挙げる〝創立以来の伝統行事〟の前では爪楊枝のように無力だ。遠足には心身を鍛錬する以外の目的があって、それは山頂に建つ神社で大学合格を祈願すること。  だったら俺ら、もらい事故じゃん、と一、二年生がぶつぶつ言ってもチャーターしたバスで現地に運ばれてしまうのだが。  さて、標高およそ八百メートルと小学生や高齢者でもするすると登りきる山だ。(ふもと)から六合目まではケーブルカーが往復していて、その終点から山頂まではなだらかに整備された斜面に石畳が敷かれている、というぐあいにハイキングにもってこいのコースなのだ。  しかし遠足のスタート地点は登山口で一歩、一歩踏みしめて頂上をめざす。道中には急勾配に落ち葉が降り積もっている難所も、片側が崖状に切れ込んで、それが(やぶ)で隠されている場所もある。  ともあれチェックポイントで名簿に印をつけてもらう、本殿の前で撮った写真を担任のスマートフォンに宛てて送信する。そのふたつをクリアすれば、あとは基本的に自由行動だ。  三年A組を先頭に、クラス単位で出発する。二年B組の莉音が登山道に踏み入るころには、無数の足跡が入り乱れてついていて、ここが殺人事件の現場なら鑑識泣かせだ。曇天だが、ときおり薄陽が射して土の香りが濃厚に立ちのぼる。  三年C組の秀帆は、どのくらい先行しているのだろう。莉音は爪先立ちになって、鬱蒼と繁る木々の間を透かして見た。雑踏の中でも光り輝いて見える姿は、だが、すでに視界の外に出てしまった様子だ。  リュックサックを背負いなおして踏み固められた段をのぼる。昼食はそこで、と指定されている展望広場のどこかで行き合うのは間違いない。それを励みに、軽快に倒木を跨いだ。と、蜂の羽音めいた異音が空気を震わせ、頭上を仰ぐと写真部が操作するドローンがホバリングしている。  莉音は友人ふたりと、いっせのせでピースサインを掲げた。ドローンが飛び去るのと前後して、三神が、友人その一の木崎圭祐(きざきけいすけ)を押しのけてぬっと現れた。  ちなみに木崎はアスパラガスのようにひょろりとしていて、友人その二の須藤亮太(すどうりょうた)は対照的にぽっちゃり系男子だ。  閑話休題。三神が、莉音のリュックサックをつついた。 「浅倉んちの弁当、中身は何?」 「別にふつう。おにぎりと唐揚げと……」 「おまえは、ひとつっくらい作ってねえの」 「好物のブロッコリーはレンチンした」 「俺は苦手だっつうの。まあいい、そいつは優勝賞品に俺がもらって食うから予約な、絶対に取り置きしとけよ」  などと、まくしたてるのももどかしげに反転した。あちらではねじくれた木の根がむき出しになり、こちらでは段の(へり)に埋め込まれた丸太がすり減りと、ただでさえデコボコして歩きづらい。なのに、悪条件でもへっちゃら、と力強い走りっぷりで遠ざかっていく。

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