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第35話

 莉音は後ろ姿を見送ると、ぽりぽりとこめかみを搔いた。体力増強云々を額面通りに受け取って、勝負魂に火が点くのは運動部の(さが)だ。  そこで始まったのが登山道を舞台に繰り広げられるマッチレースだ。各部の精鋭が登山道でヨーイドンしたのちに、神社の賽銭箱をゴールに、抜きつ抜かれつのデッドヒートを演じるのが今や恒例となった。  優勝した部には雨天の体育館の優先使用権が与えられる、という申し合わせがなされているだけあって、どの部も必死。なのでサッカー部にしろ野球部にしろ、箱根駅伝でいうところの山の神を送り込んでくるのだ。 「陸上部の代表は三神か。昼飯たかりにくるとか余裕じゃん」  木崎がペットボトルの緑茶をがぶ飲みした。 「脳筋男の思考回路は、謎」  莉音は塩飴を舐めころがした。 「中学時代ってイジメの全盛期だったりしなかった? 運が悪いやつが標的の」  須藤は三神と同中(おなちゅう)出身で、その彼の、福々しい顔に影がさした。 「三年の夏に標的認定の男子がトイレにつれ込まれてボコられて。で、三神の武勇伝」  岩を挟んで登山道が二股に分かれた。右側は粘土層が露出して、見るからに滑りやすい。左側は踏み均されている代わりに傾斜が急だ。三人は立ち木を手すり代わりに左手へと進み、莉音と木崎は口々に言った。 「三神の武勇伝、三神の武勇伝……おれの中でイメージが湧かないんですけど?」 「ターゲットのやつ、定番の便器舐めでもやらされたのか、気の毒な」 「それもだけど、モグラたたきごっこと題して頭にバケツをかぶせられた上からモップでガツン! 当然、ふらつくと動いた罰ってまたガツン。イジメグループがげらげら嗤ってるとこに三神が個室から出てきて『クソしてんのに邪魔すんな!』って」  次から次へと敵が出現するRPGさながら、地面がすり鉢状にえぐれているところに差しかかった。莉音は立ち幅跳びの要領で、ぴょんと越えた。木崎はぬかるんだ窪溜(くぼた)まりをずんずん突き進む。須藤はすり鉢状のぐるりに沿って半周したのちに、しんがりを歩きながら言葉を継いだ。 「一対五でバトルって全員、保健室送りにしたついでに校長室に乗り込んでさ。『イジメは犯罪だ、ウヤムヤにしてみろ、あんたも同罪だ』──演説ぶちかまして、なっ、武勇伝だろ?」 「フルボッコかよ、最強伝説だわ。つか、クソしたあとに手はちゃんと洗ったのか」  木崎が石鹸を泡立てる真似をして、須藤はあっけらかんとした口調で話を締めくくった。 「ぶっちゃけると標的は俺で、夏以降は三神がさりげなく護衛してくれたおかげで無事、卒業にこぎ着けた。あいつははっきり言って協調性には欠けるけど、いいやつだ」

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