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第36話

 登山道のそこかしこで笑い声が弾けて、ふと漂ったしんみりしたムードを吹き飛ばす。莉音は小石をこつんと蹴った。手芸部の三人組が三神を評して曰く『悪党、実は正義の味方』は当を得ているということか、ふん。  六合目に設けられた第一チェックポイントを通過するころには学年もクラスもごた混ぜになって、さっさと登っていく組と、ちんたらと後につづく組とに分かれる。  莉音たちはその中間くらいのペースで登山道を踏破した。  ケーブルカーの駅から神社へと延びる石畳の両側では、三色団子や甘酒と染め抜かれた(のぼり)がはためいて生唾が湧く。誘惑に負けそうになりながらてくてく歩いていると、茶屋の店先に立てかけある葦簀(よしず)が、湿っぽい風に波打った。いつしか灰色の雲が厚みを増して、今にもひと雨きそうな雲行きだ。 「梅雨入りしてるかもな六月に遠足を持ってくることじたい無理があるって……(はえ)ぇな、もうゴールした」    通知音が鳴ると同時に、木崎と須藤がスマートフォンをタップした。  莉音もまた、生徒会発の一斉LINEを確かめて目を瞠った。〝速報・陸上部優勝〟。その七文字が、VRゴーグルを装着しているような立体感をともなって迫ってくるように感じた瞬間、  ──優勝賞品にブロッコリーをもらう。  馬の鼻先に人参をぶら下げておくような科白が耳に甦った。苦手と言ったくせして欲しがる矛盾ぶりに、なぜだか胸の奥がざわついたぶんも毒づく。他の部の代表はみんなアクシデントにみまわれて棄権して、それで三神の順位が繰り上がっただけじゃないのか。  そのくせ神速烈風の走りっぷりで登山道を征服していくさまを目の当たりにするようだ。ヒーローすぎるにも程があってヤバいと、つい思ってしまった。  食べるのを躊躇するほどブロッコリーが潰れるのを期待して、莉音はリュックサックをわざと乱暴に揺すりあげた。三神がイジメのグループをとっちめた、という逸話があまりにも意外で瞬時、頭が混乱したにすぎない。  ふてぶてしくて腹黒いやつに、侠気(おとこぎ)にあふれた面があると聞かされてもピンとこないのは当たり前。だが、どケチが陰で慈善活動を熱心に行っている例もままあるわけで、須藤を助けたひと幕はいわば、 「……寄ってたかっていたぶるガキどもから、亀を救い出す浦島太郎、的な」 「なにゆえ藪から棒に浦島太郎」 「乙姫みたいな彼女が欲しい、みたいな心の声が洩れたんだったりして。そういや浅倉のタイプってどんな()、白状してごらん」  木崎と須藤が代わる代わる顔を覗き込んでくるのを、あー、うー、と誤魔化す。そして先陣を切って、鳥居の手前にそびえ立つ石段をのぼりはじめた。

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