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第39話

「降るな、避難するぞ」  三神がスニーカーを履きなおし、木崎と須藤があわててレジャーシートをたたんだ。  遠足のもうひとつの目的は、展望広場および石畳一帯の清掃ボランティアだ。莉音はちょうど支給されたゴミ袋が風に煽られて顔に張りつき、もがもがやっていた。べりべりと剝がすと同時に雨滴(あましだり)が睫毛に留まった。  空の底が抜けたように、瞬く間に土砂降りになった。雨合羽を用意してきた生徒は急いで着込み、あるいはレジャーシートを羽織る。  売店の軒先、樹下、足を広げたタコを象ったすべり台の陰。雨宿りするにうってつけの場所という場所はたちまちごった返し、弾き出された生徒が右往左往して、広場はパニック状態に陥った。  急遽(きゅうきょ)、下山するよう教師から指示があった。併せてケーブルカーを利用する許可が出たが、一般の行楽客が詰めかけたところに翔陽の生徒が殺到したものだから、篠突く雨が長蛇の列に降りそそぐ。  莉音は人波に揉まれてもたついている間に、木崎とも須藤ともはぐれてしまった。三神の姿も見失い、ひとまず石畳を下ったものの、ケーブルカーの駅周辺で首尾よく行き合うどころか、コミックマーケットの会場並みの混雑ぶりに恐れをなして立ちすくんだ。  雨合羽を持ってきたのは正解だが、フードを目深にかぶっていても髪の毛がじっとり湿るほど雨脚は強い。  鮨詰めのケーブルカーから悲鳴と怒号が入り乱れて聞こえて、あきらめた。ピストン輸送を行っても、今から列に並んでいたんじゃ、乗る順番が回ってくるのが先か小降りになるのが先か、というありさまだ。  だったら登山道を駆け下りるほうが早い。  リュックサックをカタカタ鳴らして登山道に進路をとった。道の両脇から天蓋状に枝々が張り出し、うららかな日は木洩れ陽がまたたいて、歌を口ずさみたくなるような光景が広がる。だが現在(いま)はあたり一面水墨画のようにけぶり、おまけに自然の地形を活かした踏み段を雨水が轟々と流れ落ちる。  ソールの溝に入り込んだ泥が吸盤と化し、ねちゃねちゃと地面にくっついて、一段下りるたびふくらはぎに負荷がかかる。  タイヤがすり減った車で雪道を走っているように、ずるりといった。段を踏み外した拍子に登山道からはみ出して、そのうえ棒杭につまずいた。派手につんのめり、踏みこたえようとするそばから足がもつれて、そこに横殴りの雨をまともに浴びた。  目つぶしを食らったも同然だ。たまらず、クマザサの茂みにしゃがむ。  すると落とし穴にかぶせた木の枝や葉っぱを踏みに抜いたのと原理は一緒だ。茂みの根は腐って、垢すりに加工したあとのヘチマのようにスカスカになっていた。そこに人ひとりの重みが加わて、雪崩を打つ勢いで中心部が削げ落ちていく。

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