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第40話

 スニーカーの紐がどこかに引っかかって立ちあがりそこねた。ハンモックのように一刹那、莉音を支えたひと(むら)のクマザサが不気味にたわむ。  もがくにつれてなおさら軋めいたあげく、ごっそり折れた。絡み合った根だろうが、土くれだろうが手当たり次第に摑み、だが超初心者のスノーボーダーのようなへっぴり腰で斜面をすべり落ちていく。  ガサガサ、めりめりと残響がこだまするなか、庇のように張り出したまで運ばれたところでようやく止まった。 「ヤバいんですけど……?」  雨のヴェールを透かして登山道を振り仰ぐ。垂直にそびえているように見えるとはいえ、高低差はせいぜい三メートル……四メートルは切るだろう、切ってほしい。  ただし手や足をかけるホールドがあるボルダリングの壁と違い、のっぺりしていて、よじ登るのは至難の業だ。  試しに斜面に取りついて、指先と爪先を土に食い込ませながら伸びあがってみた。尺取虫に変身したつもりで肘と膝を曲げ伸ばし、だが重力に負けて呆気なくずり落ちた。 「大丈夫、スマホでSOSだ」  こちら遭難予備軍、ヘルプミー……いったい誰に泣きつく? 引率の教師ならまだしも、木崎や須藤に助けに来てくれと頼むのは申し訳ない。だいたいピンチに陥っているといっても、自力で何とかなりそうな段階で救助隊を派遣してもらうのはヘタレ丸出しだ。  リュックサックを背負った上から雨合羽を着ているせいで、裾が斜めにたくれて、すでに体操着はずぶ濡れだ。汗をかいたのが冷えて、ぶるりと震えた。 「伝統行事なんかクソ食らえ、遠足はよその高校じゃ春か秋がふつうだっ!」  機銃掃射のような雨音に負けじと叫び、その数瞬後、 「聞き覚えのある声が下のほうから聞こえたと思ったら、やっぱり浅倉だったんだ」  秀帆が立ち木の間からひょこっと顔を覗かせた。  莉音はぽかんと口をあけ、叩きつけてくる雨水にむせた。途方に暮れている場面で白馬に乗った王子さまならぬ、コンパクトな躰にカーキ色の雨合羽をまとっているのも相まってコロボックル感を漂わせる秀帆が登場する。願望が生み出した幻覚かも、と頬をつねってみるとちゃんと痛い。  半べそをかいて爪先立ちになった。 「せんぱーい、神だ……」 「神? 俺を呼んだのか」  ほの暗いなかに仏頂面が浮かびあがった。 「ゲッ、三神」  ひと声呻いて、後ずさった。降魔(ごうま)の利剣よろしく棒切れをぶら下げているさまから発散される不動明王のごとき威圧感にたじろぎ、縮こまる。さらに鋭い眼光に射すくめられている間に、三神がすべり降りてきた。

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