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第41話

「落っこちたんだな、落っこちたんだろうが。ベタなドジり方してんじゃねえよ」  と、鼻をつまんできて左にひねり、右にひねるくせに、ホッとしたというニュアンスが言葉の端々ににじむ。  フードがぱたぱたと音を立て、それは三神の前髪からしたたり落ちる雫が跳ねるせいだ。びしょ濡れの体操着が伸びやかな肢体に張りついて、躍動感にあふれた線がくっきりと浮き立つ。つい見蕩れてしまい、莉音は照れ隠しにつけつけと詰った。 「進んで下に来ちゃって、おれを嗤えなくない? ロープとかを垂らしてくれるんじゃなきゃ、意味ないでしょうが……いひゃい」  両手で頬を挟みつけられた。パン種をこねるふうに力が加わり、助けるのは二の次でいたぶるのが目的か、と言いたい。莉音はもがき、すると親鳥が翼で雛をかばうように抱き寄せられた。  胸と胸がぴたりと合わさると、雨合羽と体操着に隔てられていてさえアップビートの心音が伝わってくる。どっ、どっ、どっ、と雨音をかき消して真情を吐露する。探し当てるまでヤキモキしどおしだった──と。そのくせ、にこりともしないどころか眉間にますます険しい皺が刻まれる。 「天然のぶん、おまえは性質(たち)が悪い。俺を振り回すのは、そんなに楽しいか」 「はあ? 何系のイチャモンですかあ?」  身をもぎ離し、しかめっ面を()めあげた。てっきり悪罵という(つぶて)でやり返されると思いきや、フードの窪みにたまった雨水を掬い出してくれた。  図らずも胸がきゅんとなった。莉音はぬかるみを爪先でほじくり返し、次の瞬間、から転げ落ちる勢いで飛び離れた。  秀帆は事、恋愛方面に関してはチンプンカンプンの人種だから深読みする可能性は低い。しかし絶対とは言い切れない。もしや今のやり取りは痴話喧嘩の一種だなどと、すさまじい勘違いをしてくれたら……そう思うと、液体窒素を噴霧されたように凍りついた。 「ふたりとも早くあがっておいで」  秀帆が雨合羽を脱いだ。お誂え向きの木の幹に片方の袖をしっかりと結わえつけると、もう一方の袖を斜面に垂らす。それは簡易的なホールドといったところだ。 「はーい、オッケーです」  莉音は親指と人差し指で丸を作ってみせた。  かたや三神は雨滴をぬぐうのにまぎらせて、やるせなげにゆがんだ顔をこすった。一拍おいて居丈高に言った。 「おまえ高所恐怖症じゃないよな」 「ふつうに平気だけど?」 「肩車してやる。髪の毛をむしっても許すから、脚立のてっぺんに立つつもりでずりあがっていって肩を踏み台にしろ。俺の身長をプラスすれば上に届くだろ」 「重いのに、悪いじゃん」 「うるせえ、逆らえる立場か!」  ものすごい剣幕にたじたじとなって、言われたとおり足を開いた。

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