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第42話

 三神は莉音の後ろに回って、しゃがんだ。そして股ぐらに頭を突っ込んでいきながら、太腿に手を添えて立ちあがった。  鉄棒の足かけ回り、あれの応用編といこう。莉音はそう考えて、肩に跨った状態からまずは右足をくの字に折っていった。爪先で円弧を描く要領で横向きに回したのちに、そろそろと膝をたたむ。左足も同様のやり方で曲げて、頭部を中心に正座した形に持っていった。 「……ぐっ」  三神はよろめき、スニーカーで地面に杭を打つようにして踏みこたえた。陸上部で足腰を鍛えている、細身の莉音を肩車するくらいチョロい、と高をくくっていたとみえる。デブ、と小声で毒づいた。  莉音は、なるべく腰を浮かせた。もたつけば、もたつくほど三神に負担がかかって、最悪の場合は共倒れだ。  斜面に手をついて上体を伸ばしていく。ヤモリのすばしっこさには到底及ばなくても、あの動きを参考にして這いあがろう。  とはいうものの、同じことを晴れた日にやるならともかく、吹き降りのなかで曲芸まがいのミッションに挑むのは無謀に近い。ぐらりときた拍子に頭にしがみつくと、なおさら前後に揺れて足がすくむ。 「浅倉、三神くんも。きみたちはデキる子だ。ファイト!」  上目をつかい、三三七拍子で激励してくれそうな入れ込みぶりに笑みを誘われた。次いで下目をつかうと、三神はこめかみに血管が浮き出るほどいきんでいながらニンマリする。 「言っとくが、ただ働きはしねえ。たっぷり利子をつけて借りを返してもらう」  ねっとりと舌なめずりするさまを直訳すれば、教育課程その一の手コキを修了してフェラチオへと進む──だ。  莉音は、すっくと立ちあがった。救助ヘリから吊り下げられた縄梯子を摑むように、雨風にさらわれがちな雨合羽の袖をたぐり寄せた。それから瞬発力を高めるため軽く膝を曲げた。失敗したが最後、命を落とすくらいの強い気持ちで、猫並みの跳躍力を発揮して斜面の上に飛び移るのだ。 「グズ、早くしろ、三、二、一……」 「ゼロ。痛くして、悪い!」  肩を蹴って弾みをつけると同時に、全身のバネを利かせて跳びあがった。おれは大空へ羽ばたくハヤブサ、と自己暗示をかけたが現実は甘くない。両手両足をばたつかせて重力に抗う様子は、むしろ飛べない鳥の代表格キーウィ。  それでも執念が実り、斜面の上辺になんとか十指をめり込ませた。だが、ともするとずり落ちる。あわてて例の袖を引っ摑むと裂けて、ひやりとした。おまけにせせら笑いが足下で響く。

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