45 / 116

第5章 恋は群青色

    第5章 恋は群青色  夏休みとは、即ち忍耐月間である。莉音はそう思い、昨夏につづいて今年の夏も、ひとりガマン大会を開催するような気分で日々を過ごしていた。  休み中は秀帆と会う機会が激減するからだ。七月中はまだいい。一、二年生は午前中のみの、受験生は昼をまたぐ補習で登校するから、頃合いを見計らって三年生のフロアをうろうろしていれば挨拶するくらいの幸運が舞い込む。  が度重なればストーカーの烙印を押されかねないのは別として。  その点、秀帆は純真そのものだ。ある日の午後も、今か今かと廊下で張り込んでいた莉音の元へにこやかに歩み寄ってくると、 「ちょうどよかった。今日は予備校の夏期講習は夜のふたコマだけなんだ」  待ち伏せに遭ったなんてこれっぽっちも疑っていない様子で家庭科室にいざなう。そして競争でピースを縫い進める。文化祭の出品作──来春学び舎を巣立つ三年生をペガサスになぞらえて、雄々しく羽ばたくさまをパッチワークで描きだすタペストリーは、おのおのが担当する部分が九割がた仕上がった。  それが七月の話。八月に入ってからこっち、模試のラッシュとのことで、 〝あっぷあっぷの状態で、任せっぱなしでごめんね〟  秀帆はLINEしてくれるのもやっとだ。おかげでAのパーツとBのパーツを縫い合わせて一枚の布に仕上げる、という大仕事は二学期がはじまってから突貫でやることになりそうだ。  さて八月某日、莉音は制服のシャツをばたつかせて胸元に風を送った。雲の峰が湧く空のもと第二校舎の屋上でひとり、洗い張りの準備を進めていた。  ブロックを四隅に配した上にベニヤ板を載せる。秀帆は、もちろん手伝うと言い張ったが泣く泣く断った。指定校推薦の枠をもぎ取るために勉強漬けの毎日を送っている人に負担をかけられっこない。幽霊部員どもよ、ちったあ加勢しろと声を大にして言いたい。  藍染の浴衣を提供してくれるよう呼びかけて五枚集まった。そのうちのトンボの柄があしらわれた一枚は、 「上品で先輩に似合ってただろうな、いっぺん着てもらいたかったなあ」  鋏を入れる前にまとわせることに成功していたなら、(いき)な姿は最高の活力源だったはず。  ともあれ糊を溶かしたバケツの水に、ほどいた浴衣をくぐらせる。元は袖だった、元は前身頃だった、と順番にベニヤ板に貼りつけていくと、その合理性に感心する。和服は反物を直線で裁っていて再利用しやすい構造になっている。  しかし、とにかく暑い。ひと区切りついたところで塔屋の陰にしゃがんだ。スマートフォンをいじる。アルバムアプリを起ちあげると、自然と笑みがこぼれた。  仮称Xとの駅の伝言板を介したやりとりは、今ではほとんど交換日記だ。それに比例してメッセージの画像集はどんどん充実していく。そのなかで七夕に撮ったものをスワイプした。 〝一年に一回こっきりのデートも運任せの織姫と彦星は、悲劇を通り越してコメディっぽい〟。    莉音はままならない恋模様にだぶらせてこう綴り、それに対して仮称Xはいつものとおり含蓄に富んだ返信をくれた。 〝互いのアラに幻滅する前にタイムアップを迎える、元祖・超遠恋カップルが長続きする秘訣は逢瀬の回数が少ないこと。会いたい気持ちをつのらせているうちが華だ〟。

ともだちにシェアしよう!