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第46話

 文面から想像する仮称Xは、少し年上の皮肉屋だ。大学生だとしたら、夏季休暇中も研究室に通う必要がある理系の学部生かもしれない。定期的にメッセージが更新される理由はそれで説明がつく。  いや駅の利用頻度からいけば勤め人という可能性のほうが高い。実は書き手は駅員のひとりで、いわば文通相手を務めてくれるのはサービスの一環というオチだってありうる。  早朝から伝言板の付近で待ち構えていれば、おっつけ仮称Xに会えるだろう。だが神秘のヴェールを剝がす真似をするのは野暮というもの。  とかく迅速性が求められるSNS上での交流と異なり、夜の間に清掃員が雑巾でさっとひと拭きでメッセージが消え去ってしまう伝言板限定のつながりは、ゆるさ加減がちょうどいい。 「運動部の連中はバケモノだ……」  校庭で歓声があがった。糊の刷毛をバケツに戻すのさえ億劫なこちらに引きかえ、陽炎が燃えるなかで走り回るなんてドMだ、〇チ〇イじみている。  サッカー部のパス回しから陸上部のバトン渡しの練習のもようへと、のろのろとずらしていった視線が、ある一点に吸い寄せられた。  折りしも二メートル近い高さに渡されたバーを、ひらりと跳び越えた三神に。  屋上のぐるりに張り巡らされた金網フェンスは、スルメを炙るのにちょうどいいくらい熱せられている。指でちょんと触れ、あちち、と引っ込め、それでも張りついた。人格的にはどうよ、でもダイナミックなフォームで跳躍するさまは素直に綺麗だと思う。  三神は翔陽高校陸上部始まって以来の逸材(らしい)で、大会新を叩きだして地区予選を突破した(らしい)。県大会では入賞を果たしたものの、僅差でインターハイへの切符は逃した(らしい)。  応援に駆けつけるほど親しいか、といえば疑問符がつく。なので伝聞にとどまる。それはそれとして遠足の日に作った借りをさっさと返してしまいたい。  ところが三神曰く、 「スペシャルなのをまとめて払わせる」  のらりくらりとはぐらかすばかりで、金利が嵩むのを狙っている闇金業者みたいだ。  一方、洗い張りのほうは初めてやったにしてはまずまずの出来栄えだ。最初の一着分をベニヤ板から剝がしていると、ぴろんとスマートフォンが鳴った。油照りで、ハレーションを起こしているように屋上全体が白っぽく霞む。トーク画面も紙魚(しみ)に食われたように所々ぼやけて見えて、 「先輩からだけど……えっと、パンク?」  スマートフォンを手で囲った上で瞳を凝らすにつれて心臓が踊り狂いはじめた。 〝頭がパンクする寸前。気分転換に、週末の花火大会につき合ってくれるとうれしい〟。  喜んで、と速攻でレスした。ブラボー、LINE。思い立ったが吉日的な利便性に優れた機能を考案した人は天才だ、と思う。夏休みがもたらす弊害により〝立花秀帆〟不足にあえいでいる身にとって、花火大会へのお誘いは恵みの雨に等しい。

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