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8.晴れてゆく。3
アルコールは飲まない。飲んだらきっとロクなことにならない。
何かよからぬことをしでかし、冬季くんに嫌われてしまうのは本意でない。
むしろそれは、俺が今一番恐れていること──。
俺は自らの理性と会話し、協議の結果、両者納得の上で〝今はまだ手を出すな。嫌われたら元も子もないぞ〟という結論に至った。
冬季くんとの夕食にありつき、今日はどんな一日を過ごしていたかを、お互いに報告し合う最高のひとときが台無しになるのを回避できて何よりだ。
さらに、父との通話で鬱屈とした気持ちが、冬季くんの咀嚼する姿を見ているだけで癒された。
その効果は覿面だった。
とはいえ、腕がほんのわずか触れただけでドキッとする。髪が伸びて一層可愛くなった冬季くんを凝視してしまう。
一度邪な考えを起こしてしまうと、薄桃色の唇や、銀色の丸っこいピアスが装着された耳たぶに目が行きがちになる。
しかしながら俺の理性はかなり優秀なようで、弁当を食しつつ何度も冬季くんに目を奪われる俺に、都度〝正気に戻れ〟と指令を送ってきた。
おかげで俺はまだ〝お兄さん〟のまま、食事を終えた冬季くんとのまどろみの時間を堪能出来る。
──それが予想だにしない流れになるなど、誰が思っただろうか。
「……ねぇりっくん」
「は、はい?」
ソファで膝を抱えた冬季くんが、膝頭に頭をコテンと乗せて流し目で俺を見てきた。
それは今の俺には悩殺ものだということに、冬季くんが気付くはずもなく。
生まれて初めて体感している煩悩を、俺はひとまずお茶で濁し、そのまま話しかけてくる冬季くんの方を向いた。
「今日泊まりたいって、さっき顔強張らせて言ってたじゃん。どうしたの、また電話きたの?」
「あぁ、……はい。写真見たか、と」
「写真……」
向いたはいいが、とても見つめていられない。
かろうじて返事をするので精一杯で、ロボットのようなぎこちない動きでどんどんとお茶をおかわりしていった。
すると冬季くんから、不思議そうに問われてしまう。
「それって、もう一枚届いたってこと?」
「……ん? もう一枚?」
「うん。だってあの写真は……」
「届いた写真は一枚だけですよ?」
過去最高に頭が働いていない時に、かなり難解な疑問を投げかけられたのだが……どういう意味だろう。
俺の回答に、「えっ」と驚いた冬季くんが悩殺ものの流し目をやめてくれたので、一旦は落ち着いてきたものの。
冬季くんは、俺の父から届いた写真は複数あると思い込んでいる……?
何故……?
「あ、あれ? えっと……どういうこと?」
「どういう事でしょう?」
「…………」
首を傾げる仕草も可愛い。ただ、少々雲行きの怪しい会話だと思った。
俺の母の写真は、この間見られてしまってバレている。生い立ちから何から、俺は冬季くんが元気になるのを待ってすべて話してしまったので、粗方の事情は分かっているはずだ。
だがふと、ブツブツ言っていた冬季くんが顔を上げる。そしてまたしてもよく分からない疑問をぶつけられた。
「りっくんがいつも電話してたのって、お父さんだけ?」
「はい、そうですが……」
「奥さんは?」
「お、奥さん……? 奥さんとは……?」
誰だろう。奥さんという知り合いは俺には居ないが。
なんだ? 学生時代まで遡ってみたが、〝奥〟などという名字の者は居なかったぞ。
本当に分からない。なぜ冬季くんがそんなことを言い出したのか。
その〝奥さん〟と俺が、頻繁に電話でやり取りしていると思っていることも謎だ。
俺と冬季くんは、同じ方向を向いてしばし黙りこくった。二人ともの頭の中に、クエスチョンマークが大量に浮かんでいたからだ。
写真とどう関係があるのかも定かでないし、煩悩が吹っ飛んだ俺はよくよく話を聞いてみようとした。
……が、次の瞬間。
「いやだって、りっくん既婚者でしょ?」
「──えっ!? 既婚者!? お、お、俺がですか!?」
「うん」
えぇぇーーっっ!?
俺が既婚者!?!?
どういうことだ! どういう勘違いだ!
とんでもないことをさらりと言われてしまい、頭の中のクエスチョンマークが脳内に飛び散った俺は、久しぶりに冬季くんの目をまじまじと見つめ激しく狼狽した。
「お、俺、いつ結婚しましたっけ!?」
「えぇ!? その調子だから奥さんがキレちゃうんだよ! 天然もほどほどにしないと!」
「いや待ってください! 俺は結婚なんかしていません!」
「いやいや、今さら僕に隠し事しなくていいって! 子どもが居ても驚かないよ!」
「こ、子どもぉっ!?」
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